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人を愛するロボットを作るなら、 2006/6/26
そのロボットに対する人の責任は?
という冒頭の講義のシーンでの女性の質問が、その後のストーリーを
象徴していました。
テディベアが歩くシーンの可愛らしさや
人を愛する少年ロボットが人間になりたいと願うピノキオとの類似等から
幼子と一緒に楽しめる作品と勘違いしないことが大切。
重い、怖い、切ないお伽話。
2
いい映画でした 2006/12/3
・・
2000年以上前のロボットが、海底に
放置されたまま壊れずに動くはずはない。
「お母さんに会いたい」という一心で
命をつないでいたデビッドにグッと来ました。
しかも、一日だけ思いを達して、大好きな
お母さんの隣で動きを止めてしまうだなんて!
ああいう形でしか存在できない人間の儚さも、
何か胸を打つものがありました。
それに、こういうテーマは近いうち本当に
ありそうで、いろいろ考えてしまいます。
ひたむきに母を恋しがるロボットの哀しさ、
オスメント君の切ない瞳に涙が出ました・・。
3
泣いた泣いた泣いた 2006/11/21
ピノキオはゼペット爺さんが作った木製の人形。
ピノキオは嘘を付くと鼻が伸びる。
ピノキオは他人をすぐ信用してしまう。
ピノキオはキツネに騙されてサーカスに売られてしまう。
ピノキオは最後は人間の子供になる。
・・・そこが違う。
デビッドは最後までロボットだった。
最後はロボットとしての役目を終わった。
ただ愛される事だけを願うロボット。
だけどロボットだって分かっていても私はあの子を愛すると思った。
作りものに対して感情が芽生えるということを『オカシイ』と非難されようが冷たくなんてできないと思う。
相手がロボットであっても構わないのかもしれない。
むしろ狡くて無責任で残酷な生身の人間よりも素直に愛せるのかも・・・。
愛されたいと願う気持ちが、作り物のプログラムだと分かっていてもね、
私はあの子に笑って欲しい。
4
現代版 オズの魔法使い 2007/2/5
ピノキオとオズの魔法使いを足して二で割ったような映画。
ジュード・ロウはとても良かった。
この映画を見るならオリジナルの「オズの魔法使い」を見ましょう。
すごくきれいだよ。
5
This could have been great. 2007/7/16
What happened・ Popular actors, Big budget, a whelming director. Basically I think this suffers from the same syndrome that “Star Wars” episode one was affected by. It is way too cutesy and like in a dream if you get painted into a corner, just add a new element. Each actor alone was great with the elements that they were given, However as a whole they never jelled.
One thing that saves this film is the edition of the DVD goodies. The making of the film in the theory behind the film are more interesting than the film. If you’d like to Gigolo Joe, then that is primary because they allowed Jude Law to put a little bit of his own slant on the character.
In the final analysis this is a tearjerker with no redeeming social value.
6
愛を乞う悲しみ 2007/11/2
なんとも悲しいトーンに支配された映画。愛を乞うロボットは悲しすぎる。
ロボットたちの孤独とせつなさが余韻に残る。ロボットに感情移入するとしたら、それは彼らの宿命的な孤独のせいだ。
ロボットに人と同等の感情なんて無理だろうと思うだろうか。
しかし、人間にある感情と呼ぶ機能も、よく見つめれば一つのプログラムされた反応であり機械的な装置に似ていないか。
このメカの物語がピノキオのようだからといって、未来にありえない夢物語とも一概に言えない。
想像するのは、人間になりたいと人間のエゴを写しとられたメカとして生きていくのはどれほど孤独かということ。
たとえそれが「愛」であろうと。人間が物理的脳を駆使して知的に知りうる領域の、そんな愛のプログラムだとしたら。
それにもましてメカにとって残酷なのは、一度プログラムされた「愛」は、彼らが自主的に放棄できないということ。
自ら望んでいながら惰性でそれを疎んじはじめる人間のようには。
オスメント少年は、優秀な演技マシーンのように、的確にパーソナルを持ったロボットの存在自体の悲しさを演じている。
天才的にもう巧すぎる。好き嫌いは別として。だが、それは適役であり完璧な演技と絶賛もできるものだ。
自分でほころびをマメに縫うトーイロボットの「テディ」は、愛の渇きを知らないからまだしも幸福かというと、かたわらの彼の存在にホッとし孤独を癒されながらも、そのテディの孤独もが実はなんとも露に感じられる。
忘れられないものがあるとすれば、破壊される時も微笑みを見せる子守りロボットの表情に、ぼくたちが投影する不思議な想い。
そして、さらなる二千年後のエピローグの静けさと悲しさ、喜びの刹那と宿命的わかれ。
ちょっと嫌みをいえば、アメリカは地球温暖化の危機の「話」だけだと広大SFXです。
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ネタバレです 2008/3/9
この映画で泣けるという人は、あまりにも薄幸なAIディビッドに同情、または可哀想だと思ったからだと思います。自分は終始、胸糞悪い感じを覚えました。まず、作った博士のエゴ。ディビッドの純粋な愛に対して、人間のエゴが醜過ぎる。人間の責任は全く感じられない。永遠に消えないメモリーを軽々しくインストールする母。マーティンの冷凍仮眠から五年、精神を病んだ母には、やはり無理だった。目覚めるはずがなかった、実子マーティンが最悪だ。子供だからかもしれないが、マーティンや他の子供達の言動が、ディビッドの心を傷付けた。父はマーティンにけしかけられてやった悪戯を怒鳴り、会社に返しスクラップにしようとした。いや、その方が良かったかもしれません。思いがけず、マーティンをプールで溺れさせてしまったディビッド。母はスクラップには、したくないと森に置き去りにする。この世界では、ロボットの扱いが酷過ぎる。寂しさを紛らわす為のディビッド。性欲を満たす為のジョー。一方ジャンク・フェアという都市では、ロボットの残酷な破壊を見せ物としている。一方的に造っておいて、アンチロボットの人々がいる。コロッセオや公開処刑と同じ、人類は全く進化していない。
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昨今で他に類を見ないSFの名作 2008/3/14
原案は『2001年宇宙の旅』、『博士の異常な愛情』などの巨匠スタンリー・キューブリック。構想から20年、制作を待たずして他界してしまったキューブリックの遺志をスピルバーグが継いで映画化されたSF超大作。
”愛”をインプットされて生まれてきたA.I.(人工知能)の少年デイビッドの、数千年に渡る壮大な旅を描いた物語。
『シックスセンス』で有名なハーレイの純粋すぎる演技、ジュード・ロウのジゴロロボットもハマり役。
『不思議な国のアリス』や『ピノキオ』などへのオマージュがこの作品には含まれていますが、壮大な世界観のもとスピルバーグが劇中で見事に昇華させてます。
タイトルも『A.I.=アイ=愛』となる、日本好きのスピルバーグなりのオマージュだとか。
世間一般の評価では、「キューブリックの壮大なヴィジョンをお茶漬け感覚で映像化した」などと辛口の評価もありそれほどヒットはしませんでしたが、僕はスピルバーグをおいて他にこの作品を映画化出来る人間はいなかったと思います。
人は父親から仕事を学び、母親から人間関係を学ぶと言います。
母を想う子の気持ち=『人への愛情』を見事に描いたこの作品は、スピルバーグ作品の中で1、2を争う素晴らしい映画だと感じました。