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宅録ノイズ 2006/5/29
音楽がノイズ系だということで公開時は期待を膨らませて劇場に足を運んだ。予想通り開演前の場内には「ギコッギギギ~」と不快なBGMが流れてて思わずニヤリとした。
さて、肝心の内容だがまず演技力よりもストーリーの展開の仕方のせいで主人公たちの喪失感や絶望感がこっちにうまく伝わって来ない。そのためストーリーの地味さが際立ってしまっていた。決してストーリーそのものは悪くないだけに残念!
音楽は素晴らしかったが、やはりクライマックスでの轟音ノイズは耳が痛くなるくらいの爆音で聴きたい。
ロケーションは文句なし。どこまでも続く道路や、海に面した崖など、広々とした美しい風景は観ていて飽きない。
演技に関しては、浅野忠信は瞳の深さがとても印象に残った。宮崎あおいはNANAでの小松奈々みたいな明るいキャラより、こういう陰のあるキャラの方がハマってるんじゃないかと。
特筆しておきたいのは浅野と中原が拾ってきたガラクタで楽器を作って、その音をサンプリングしてパソコンで編集するシーン。ここを観ているとき自分のノイズへの憧憬を改めて思い出して胸がギュッと熱くなった。
宅録が好き、ノイズが好きな人はとりあえず観ておこう。但し爆音で
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Eli,Eli,Lema Sabachthani・ 2006/7/28
この作品は内容はシンプルでたんたんと進む映画です ただ音楽と映像がすばらしいです 釧路を中心としたロケ地は静かな空気をかもし出していてよかったです その静かな中でのラストの浅野忠信のギター演奏は圧巻です ノイズ音楽に興味がなくても引き込まれてしまいます 個人的なこの作品の欠点は映像で遊びすぎたかな・って思いました でも静かであり爆音の世界観は結構好きです 賛否わかれるとおもいますが、ぜひ観てほしい作品です
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観る人を選ぶ作品 2006/11/9
・・
今までに観た事もない作品。
音楽性が高く、発想に溢れている。
ストーリーが単調なので飽きやすい方には不向きかも。
浅野忠信、宮崎あおいの演技は自然でイイ。
残念なのは中原昌也。
彼の演技力には正直、残念の一言。
あとは音量に注意。
夜に観ると近所迷惑になるかもしれません。
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隠喩としての病 2006/7/17
ノイズといわれるような音楽が好きな人には当然お勧めする必要もない作品です。
クライマックスのノイズライブは、そういった音楽好きでもない人にも観てみていただきたいシーンです。それと、浅野忠信と中原昌也が自作する楽器のオブジェ感覚がほんとに良くて「欲しいなこれ」と思いました。
僕自身はノイズなどは常に興味があったほうですが、この映画で大事なのは、自ら死を選んでしまうという病を、多分メタファーにして、何か大事なものを観客に想起させようとしてるんだな、ということで、それがどこかさびしげな余韻の終わらせ方もあって、観客に投げかけられたものなんだなと感じました。こういうやり方、嫌いではないです。
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人間をあえて描かない映画。 2006/7/28
ふいに空間を引き裂くようにして響く轟音は、この台詞の少ない映画にあって音こそ主役だというように主張しているかのようです。ガラクタ楽器もそれら一つ一つの造形が妙な愛くるしさをもったキャラクターに見えてきます。ウィルスに侵食され自死を選んでしまう人間こそが、この映画にあっては意思を失ったモノなのであり、そうした内面的なものをまるで信じていないかのようにストーリーは淡々と進んでいるかに見えます。彼らの主張は驚くほど少ない簡潔な台詞で率直に言い表されるので、そのあっけなさが、人間は必ず死ぬのだ、ということへの不可避的な肯定にも受け取れます。いくら主張しても自然には太刀打ちできない「内面」の希薄さは世界の隅に追いやられ、いくら耳をふさいでも脳を刺激し続けるノイズの不快さこそ世界そのものなのだということを、ありのままに描いた映画で、人間がノイズを受け入れるだけの器官となることへの肯定を描いた映画なんだ、という風に観ました。
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アトモスフィア 2006/7/28
浅野忠信が広い草原で
ギターを弾く姿がずっと気になっていて
やっと見られました。
死んでしまう、という
喪失感や絶望感、
がやや突き放し気味で、最初は戸惑いました。
…泣きを誘うような映画みたいにならなくて良かったとは思うのですが…
ただ、自然の中のものの音が含まれたノイズとともに演奏した“音”が、
生への希望、
というストーリーと、
音と映像の清冽な流れが綺麗。
写真家森山大道の写真の新宿が美しいのと同じに
爆音に包まれた宮崎あおいや風景は美しいです。
気合い入れて見る映画では無いかも…
わたしは好きです。
また何度も見ます。
ラスト付近、
骨のまえで、
浅野忠信が笑うシーンがとても良かったです。
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なんとも・・・。 2007/3/30
やがて自死の衝動を起こすという奇病が蔓延する世界、という設定に漂う漫然とした終末観とでもいいましょうか。その、ぼんやりもうおしまい、みたいな諦念に対して、それはちょっと前の頃のにおいでない?的印象が否めず、加えてノイズ。はまる人にははまって仕方がない映画なのだろうな、と推察はしておりました。なので、このように既に若干引き気味で入ってしまうと、やはり「好きな人は好き」な映画のように見えて仕方ありません。もちろんなんだってそうですし、偏って結構、とは思っているのですけれど。
ノイズに了見がなくも、実験くさい長い回しや映像の試みなどは大変心地よいものでしたので、それだけにこの先入観は損だな、と少し悔やみもしました。
宮崎あおいのわがままに右往左往する筒井氏がほほえましいです。