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ガダルカナルもこうあってほしかった。 2006/2/7
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「太平洋戦争」の日本軍のミッドウエー海戦以来の敗退の中で、この作品くらい、うまく行った作戦はなかったのではあるまいか?
もちろん、後に「転進」という得体の知れない言葉のまやかしで国民を惑わす元になった作戦であるが。
この映画では、このあたりの「撤退」は軍規に反するという立場と、「少しでも人名を助けよう」という立場での相克がきめ細かに描かれている。
ただ、敢えて、苦言を呈すれば、私は、幸い、近代史とか、太平洋戦士の勉強をしてるので、背景が分かるがそうでない方には、「単なる苦難の脱出劇」になってしまうのではないかと、不安を感じる。
日本人としては、南方のガダルカナルでもこのような痛快な、脱出劇をしてほしかった。
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男の映画だ! 2006/1/1
東宝男優陣総出動と銘打っているだけあって女性は一人も出てきませ
んが、作品の出来は素晴らしく、白黒映画である事がクヤシイ位です。
特撮も、艦隊が濃霧の中、島の沿岸ギリギリに航行するシーンが、
見ていて本当にハラハラするくらいよく出来ています。
キスカ島守備隊の兵士役に、ハヤタ隊員をやる前の黒部進、イデ隊員
をやる前の二瓶正也が出演しているのが個人的にはポイントです。特に
前者の役は、キスカ島守備隊(特に負傷兵)が生き残る為に重要な役割を果たします。
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日本の戦争映画最高傑作 2006/6/4
だまされたと思って見て欲しい。緊張感のあるストーリー、臨場感のある画面、迫真の演技、日本の戦争映画の最高峰である。霧の中の突入シーンなど、円谷特撮の白眉と言っていい。
最後のテロップが、何とも小気味よい。その結果(映画を見て欲しい)25名の戦死者と60名以上の負傷者が出たそうである。また、映画には出てこないが、立ち去り際の日本軍が建物に「ペスト患者隔離収容所」の看板を立てておいたところ、あちらさんはパニックになり、あわてて本国からワクチンを送らせたとのこと...。やる時はやりますな、ご先祖さんたちも。
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日本人も立派 2006/3/9
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良い話だと思います。
ハヤタ隊員、イデ隊員に言及しておられる先輩がいらっしゃいますが、
イデ隊員とでこぼこコンビを組んでいるのがウルトラセブンのソガ隊員であることを補足しておきます。
三船敏郎は格好のよい日本人の代名詞ですね。
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溜飲が下がる戦争映画 2006/3/16
といっても、戦争・戦場が美化されている映画ではありません。
玉砕必死の孤島から日本兵を撤収させるという最初から負け戦のお話。組織内のプレッシャーや嘲笑に晒されても、黙々と作戦を遂行した三船敏郎演じる指揮官の姿には会社人なら感じるところがあると思います。「名誉の戦死」を覚悟していた守備兵が迎えの船を見て落涙するシーンは感動的。
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数少ない奇跡の撤退作戦、だが・・ 2005/12/22
旧日本軍で、「撤退作戦」(大本営は転進と)はこの映画のキスカと悪名たかい「ガダルカナル作戦」が有名である。しかし、映画のキスカ守備隊は結構よい装備、軍備をしている。(電探とか高射砲、機関砲など)実際はもっと貧弱であったろう。弾薬もかなり少なかったはずだ。
撤退作戦を描くにしては勇ましすぎるか。ちなみに撮影は本栖湖でおこなわれた。ちっともしらなかった。(白黒撮影なのでなんとか)
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大村さん(木村さん)、いい仕事してますねえ! 2006/6/16
勝つっていいですねえ。出し抜いて一本勝ち!笑
川島提督はどうも草鹿龍之介将軍がモデルみたいですね。
かの大学者、ドナルド・キ-ン博士が実はこの間抜け侵攻米軍の
一員としてキスカに上陸されたことも
いまでは昔話。
内容もいいですが、円谷特撮も最高です。
ただ、テーマ音楽、出演者の顔ぶれ・・・・ウルトラシリーズの匂いを感じたのは私だけでしょうか。
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派手な戦闘場面はないが、戦争映画の名作 2007/9/12
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邦画の戦争映画としての最高傑作かもしれない。東宝の8.15シリーズとしては一番キャストも地味だし公開当時にヒットしたのかは知らないが、内容に関しては間違いなく傑作である。 大量殺戮による勝利の話ではないし、(山本五十六のような)偉人伝でもない。太平洋戦争の歴史全体からみれば小作戦のひとつだが、この後味の良さというか爽快感はなんなのだろうか?「二百三高地」や「大日本帝国」のようなオールスターの大作浪花節映画にアレルギーを持つ人にも自身を持って勧められる名作です。
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同胞を救ふ為に命を賭けた人々 2007/8/18
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私の父は、戦争中、学徒動員によって召集され、アッツ島に送られる予定であった。しかし、父は、健康上の理由から、アッツ島へ向かふ直前に除隊と成り、アッツ島で玉砕する運命を逃れた。この稀有な幸運の陰には、父の健康上の問題を知って、除隊を働き掛けてくれた父の学友のはからいが有った。--もし、その学友の厚意が無ければ、父はアッツ島で玉砕し、私もこの世に生まれることは無かったのである。
こうした事から、私は、アッツ島の玉砕と、それに続いて決行されたキスカ作戦には、特別の思ひを持って居る。アッツ島の玉砕は、この映画の中でも語られる様に、当時の日本軍指導部の無計画な作戦立案が生んだ悲劇であり、その愚かさは、幾ら強調されてもされ過ぎる事は無い物である。しかし同時に、その事を一番良く知って居た別の責任感有る軍人達は、上層部の愚行と無責任に憤り、キスカに残された同胞を救ふ為に、文字通り、命を賭けたのである。
この映画を見て痛感させられる事は、キスカからの守備隊救出が、まさに命がけの作戦だったと言ふ事である。それがいかに困難な行為であったかを知り、私は、深い感慨を覚えた。
「戦争の悲劇」と言ふ言葉を口にする事は易しい。しかし、その言葉の意味を本当に理解して口にして居る人は、どれだけ居るのだろうか。あの戦争中、自分の同胞の命を救ふ為に、命を賭けた人々の勇気と労苦を知る為に、若い人は、この映画を見て欲しい。
(西岡昌紀・内科医/戦後62年目の夏に)
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「敵兵二十名掃討す」 2007/9/25
などの戦闘の様子や家族・知友人への思いを綴った日本兵の日記がアッツ島でアメリカ軍に拾われた。
この日記の翻訳は多数のコピーがとられアリューシャン列島を奪還する部隊の米兵たちにある種のお守
りのようにでまわった。米兵たちは日本兵を恐れていた。だがこの日記のコピーは「敵も同じ人間だ」
と米兵たちの思いを強くしたに違いない。
濃い霧の中をおっかなびっくり攻めてくる米軍の意味合いがまた味方のキスカ守備隊を全員生きて帰還
させるための努力と犠牲、そして生還の喜びが玉砕の島アッツ島とのコントラストの強さと相まって
「米軍を出し抜いた爽快感がある戦争娯楽作品」から自身の中ではある種意味合いが変化した希有な映画
となった。
蛇足になるかもしれないが、アッツ島にいた先住民は日本軍の占領後に北海道へ(捕虜として)避難させ
られたがかなりの人が気候風土の違いなどから病死。戦後もアメリカの対ソ戦略や環境保護の名目などで
故郷への帰還は許されなかった。