1
じらし方の巧さ 2007/3/17
・・
30歳代までの方は道端の紙芝居というものを見たことが無いと思う。
画用紙を次々めくりながら語るのだが、紙を抜きながら、半分だけ
次の絵が見えてる状態で弁士がこちらを涼しく見つめる。
観客がじれてくるのを待っているのである。
洋画ベスト10に漏れることのない本作をまだ見ていない若い人がいたら
シナリオ、カメラワーク、映像表現、以外に、紙芝居的時間軸というものにも
注意を払って欲しい。
夜のウイーンの石畳。コツコツ近づく人影。超有名シーンだが、意表を突かれるのは
その正体もさることながら、待たされている時間の長さ。編集のうまさ。
古い映画であるのに古さを感じさせないのは、現代映画のテンポが未だに本作を見本
にしたとしか思えない準拠性を持つからだと思う。
2
埋められた穴ぼこ 2007/6/13
「ビートルズが何故これほどまで受け入れられたのか、それは彼らが登場する以前のポピュラー・ミュージック・シーンに巨大な欠落部分があり、彼らが埋めた部分が余りにも大きかったからだ。」 音楽評論家・渋谷陽一氏が唱えるところの「ビートルズ穴ぼこ論」であります。これは映画にもいえることで、その黎明期、過渡期における穴ぼこを埋めた作品群のうちの一つが、この「第三の男」なのです。いや、別にそれ以降のあまたの映画が、それらの模倣だとは言いません。念のため。しかし映画業界はしたたかなもので、埋められた穴ぼこの上に巨大な建造物を構築しているようでもあります。今、それらを観て来た映画ファンが、この本作を観たら、余りに古典過ぎて、物足りなさを感じるかも知れません。でも、本作の音楽が色々なアレンジで、麦酒のCMの中で奏でられているように、様々な映画に影響を与え、また歴代映画ベストテンの常連でもあることは紛れもない事実なのです。そんな作品群が安価で手にとりやすくなったことは喜ばしい限りです。本作「第三の男」がどれだけ素晴らしい作品か、語り尽された感もありますが、ぜひその目で確かめてみて下さい。
3
白黒撮影の芸術 2007/8/26
私たちは、この映画を映画史上の傑作として、そして白黒撮影映画の見本としてさまざまな角度から語ってきたように思う。確かにこの映画ではオーソン・ウエルズの名演や監督・キャロル・リードの名演出のみならず、画面から溢れ出る美しい映像や特に夜の雰囲気等、どこか近寄りがたい不思議な空間が描き出されていることに誰もが驚かされることだろう。
当時のウィーンは米英仏ロの占領化にあった。連合国の爆撃により多くの建物が崩壊しており、大きな傷跡を引きずっていた。そして、その地でハリー・ライムはペニシリンの闇取引で世間に背を向けていて、やがてすべてを知ったキャロウェー少佐により追い詰められることになるのだが、ある意味ハリーは崩壊された過去のウィーンと一心同体だったのかもしれない。
現在でもこの映画のロケ地を訪問することはさほど難しいわけではない、大観覧車、ウィーン墓地、カフェ・モーツァルト等・・・。しかしこの映画で表現された白と黒の情緒を、現在のウィーンに求めることは不可能に近い。それは復興した街並み、そして人々のゆとりによってこの都市にあった情緒がいつしか、ハリーライム同様に失われてしまったことからである。
私たち日本人がこの映画を特に親しみを感じる理由として、このような荒廃していたウィーンに郷愁を感じるからだとも言われるが、私は決してそれだけではないと考える。なぜならば、戦争を知らない、終戦後を知らないあらゆる年代の人々が、この映画に限りない名声を与えていることに他ならないからであり、この映画がまさに白黒撮影の芸術であるからだ。
4
酔って下さい 2008/2/23
映画に対する専門知識の高い方々が既にレビューを書かれているので、ここではそれを反復するこは避けようと思う。ただ、この映画の雰囲気、演技、演出、全てに酔って下さいとお奨めしたい。古い映画で今も高い評価を得ているもののほとんどが、残念ながらただ古いというだけで高い評価を得ている。好みの問題もあるだろうが「市民ケーン」は演出技術の斬新さで評価されているが、映画としては古さから逃れられていないし、「カサブランカ」などは安っぽいメロドラマとしか思えない。
「第三の男」はその点、古いからいいという映画ではなく、古くなければ駄目な映画なのである。この物語をリメイクすれば、間違いなく失敗するだろう。この物語を現代に移しても間違いなく失敗するだろう。骨董の良さは、単に古いから良いのではなく、それが現代にも通用する、あるいは現代をも圧倒する雰囲気と美を有しているからである。「第三の男」にはそれがある。第二次大戦直後のウィーン、オーソン・ウェルズの存在感、ジョセフ・コットンのユーモア溢れる名演、キャロル・リードの演出、グレアム・グリーンの脚本、ロバート・クラスカーの撮影、そしてあのあまりにも有名なテーマ音楽。これらの要素が奇跡的に結晶し、昇華する。映画は総合芸術であるから全てがそろって名作となるという手本のような映画である。
5
未だ色褪せぬ感動 2008/3/14
・・
ジョセフ・コットン, オーソン・ウェルズの迫真の演技。他の登場人物も猫一匹に至るまで印象に残る場面があって、しかも筋がぴんと通っている。
チターの音楽も効果的。
ウィーンの雰囲気と合わせて、何度も観たくなる映画でなるほど、人様が名作とこぞっていうだけのことはあると納得です。
どのシーンも印象に残りますが、特に印象に残るのは、終盤近くかな、あの遊園地のシーン。
後の007にもオマージュしたシーンが出てきますが、オーソン・ウェルズの微妙な表情とそれを観て迷う主人公の表情の対比が面白いです。悪い奴なんですけど、どこかにくめないんですね。オーソン・ウエルズの役が。色気があるというか。
あと、ラストの締め方も美しい。これが映画という締め方で唖然としました。
この映画は何回も見て、宝物になりました。
6
既に伝説の名画 2008/3/15
良い映画が全てそうであるように、あまりに有名なこの作品も、とりわけラストシーンが素晴らしい。
落ち葉舞う並木のずっと向こうから足早に歩み来るアリダ・バリ、
ジープに寄りかかって待ち受けるジョセフ・コットン(売れない作家ホリー・マーチィン)、
その傍らを、一顧だにせず昂然と前を向いたまま通り過ぎるバリ、胸を打つチターの音色、・・・
一言の台詞もないこの長いショットが、女と男の気持ちを余韻嫋々に語り尽くす。
既にもう、伝説。
荒廃したウィーンの街の石畳を舞台に、光と影が交錯するカメラワークは、モノクロール画面による映像美の最高峰である。
オーソン・ウェルズの憎い登場シーン、観覧車の中で語る「ポッポ クロック・・・」の名台詞、そして最後の下水道での追跡劇、
アントン・カラスのチターが全編を彩る、
間違いなく、色あせることのない名画中の名画である。
ちなみにウィーン市民は、我が町の一番荒れ果てた時を活写したこの映画が嫌いなそうな。