ベルリン・天使の詩 デジタルニューマスター版のレビュー
やっと再販 2006/3/12
これまで死蔵されていたヴェンダース作品ですが、これを機会にどんどん「都会のアリス」なども再販していって欲しいものです。
なにより不朽の名作「ベルリン・天使の詩」を再販してくれただけでも十分嬉しいです。
デジタルニューマスターということでダミエルの人間になれた喜びがより鮮やかに蘇る事でしょう。
20年近い歳月を経てやっと分かった価値 ヴェンダースのハリウッド映画への決別であり、心優しき人間達への慈しみの一作 2007/5/15
・・
初めて見たのは大学1年。当時は大反響が巻き起こっていて、特に私の周囲にいた女性達には「好きな人のために天使から地上に降りるなんて素敵よねえ」とすこぶる好評。でも率直な私の感想は「きれいな映画だけどそんなに各方面で絶賛される程の傑作だろうか」「ストーリーもバカバカしいし、J.ジャームッシュの方がずっと凄い映画を撮っている」と疑問符だらけ。天使の永遠の生命よりも混沌と焦燥に満ちた人間の中で生きる方が色彩豊かに生きることが出来る、というのはハイデッガー哲学の援用だな、なんて何か反感を持って斜に構えた評価をしていました。
そういう訳で私にとって学生時代からの宿題となった映画なのですが、つい先ほどNHK-BSで放映したので20年ぶり位に再視聴しました。何と分かりやすい作品だったのでしょう。この映画は映画監督として俯瞰で居丈高に芸術作品を撮るよりも、寂れたベルリンの街で妻の悩み・愚痴を聞きながらともに一介の人間として暮らすことの方が良い、というヴェンダース自身の極めて私的な心境を描いたものだったのです。だからカラーシーンでは地上から見上げる構図になり、その魅力も十二分に描いています。そしてこのローアングルの視線を最も美しく映像化した小津安二郎への賛辞が終幕で示される訳です。
P.フォークが登場するのはそれまでの監督作品でN.レイやD.ホッパーを起用したのと同じく、彼が敬愛する映画人の登板という事でしょうし直接的には当時亡くなったばかりのJ.カサベテスへのオマージュでしょう。色々映画の知識を積んだ今でこそ分かる魅力というものがありました。そして曇りない今の眼差しでこの映画を見れば、ミニシアター系の佳作として実に良品であるという印象を受けます。メッセージも肩肘張らず明確で実に良心的です。「大人の寓話」としてなかなかの作品でした。ですから是非とも私と同世代の人達に、今だからこそ見て欲しい1品です。
タイトルが英語 2006/12/12
映画の中身については、もう言うことはありません。
公開時に確か4回日比谷に通いました。
レーザーディスクでずっと見ていたのですが、DVDになって、ディスクの入れ替えがなくなったし、画質もきれいになったように思います。
しかし、ただ1点だけ。
レーザーディスクはタイトルがドイツ語であったのに、今回のDVDはどうして英語?「Wings of Desire」じゃぴんと来ないんです。
で、☆一つ減点。
深い! 2007/3/1
良い詩が読む人、聞く人によって様々な種類の感動を与えるように、良い映画も様々な種類の感動を与えます。この映画もその意味で『良い映画』といえると思います。
私の感動はどんなものだったかというと、
深い!
に尽きると思います。全然表現出来ていませんが(笑)
天使は白いヴェールに身を包んだ美しい姿で舞い降りてくるだけではなくて、いつも私たちのことを素朴な姿でそっと見守ってくれているということでしょうか。
何年、何十年先になるか分かりませんが、私が落ち込んでいるときには、この深い感動がよみがえって天使たちがそっと力を貸してくれる気がします。
映画の神が降臨!! 2006/11/29
子供が子供だったころ
いつも不思議だった
どうして僕は僕で
君ではないの?
というペーター・ハントケ「わらべうた」の一節から始まるこの物語は、
とかく叙情的な美しさやメランコリックで幻想的な寓話という側面において
評価されているが、むしろそのような映像美に戯れる前に、この作品の本質
に触れなければなりません。
それは思想的叡知や歴史的経験に対する揺らぐ価値観は、なおも渾沌から逸脱
できずに、いまもなおシンボリックな場所としてのベルリン(ドイツ)を輻輳
するロジックの中に封印した状況になっている。
この物語は、人類の過去から現在、そして未来へ向かって、その過ちを克服し、
乗り越えることを可能にする唯一無二の手段である、天使の俯瞰の存在によって
みつけた、限界の方法論でのみ成立した奇跡の映画だといえます。
語るべきことは色々とあるが、歴史上の試練に対してベルリンで、先の見える
天使が、先の見えない人間に憧れるという、パラドクスめいた願望に秘められた
本質こそが、これからの人類に必要な最も重要な叡知と希望なのかもしれない。
頼りない天使 2006/6/1
天使の世界ってモラトリアムな少年期が永遠に続くみたい。
愛を成就すべく地上に降りてきた時の感動は、
デジタルニューマスター版で一層強まるはずです。
むかしむかし東ベルリンに。 2006/9/21
大昔、東西ベルリンという存在があった頃の映像です。まだ瓦礫の山(?)だったのか、町は荒れています。そこに天使が一人佇んでいます。素敵な風景です。子供には見えるけど大人には見えない、そんな存在って確かにあると感じます。
こんな優しい顔をした大きなおじさんが今私の前に表れて何も言わずに優しく抱き締めてくれたら良いなあと思います。そしてその人が私の為に人間になってくれたら、これは大人のおとぎ話ですね。
ストレスを抱えて苛立っている時、悲しい事があった時、そんな時に毎日の様に見たくなる映画です。
ベルリン?天使の詩 2006/7/3
◆ヴェンダース監督の、この美しい作品が小劇場で公開されていた頃、 世界の情勢は21世紀の現在とは大きく異なっていた。 まさしく「ベルリンの壁」に代表されるような、世界を分け隔てる深刻な境界線が、人間の手によって各地に敷かれていた。不幸な時代にあって、はるか虚空から自由に人々を見つめられたのは、本当に天使だけだったかもしれない
無窮の時の流れのほとりで、連綿と繰り返される人の争いの歴史。
やりきれぬ苦悩の膨大な記憶にさいなまれながら、天使たちはなお人々の心のつぶやきに耳を傾ける。
世界中のお茶の間でおなじみの、刑事コロンボ=ピーター・フォークが、じつは天使崩れ(?)だったというエピソードには、とても身近なリアリティが感じられたものだ。
人類の背負った宿命にも思われた東西の冷戦がやがて劇的についえ去り、 ベルリンの壁も人々みずからの手によって崩された。
あの日からすでに20年とすこし。
新世紀を迎えても、目に見える、あるいは見えない壁や境界線は、残念ながら、なおも厳然と横たわり続けている。
こうした人間の有り様に、はたして天使たちはどんなまなざしを向るのだろう。
それでも、この星のどこかで今この時にも、「自分の運命について悟り、愛すべき人にめぐり逢う 男と女がいるのだから」と、微笑んで寄り添ってくれるだろうか。
人間でいることも捨てたものじゃない 2006/8/28
天使には何も心配が無く、神の御許で不自由ない生活を
送っていると思い、「ああ、天使になれたらな~」なん
てことを思った時期もありました(なれるわけがないこ
とは分かっていますけど)。
しかし、この映画を見た後、人間でいることも捨てたも
のじゃないな、と、素直に思った次第です。「愛」の映
画ですね。
画像が良くなりました。 2006/10/30
作品は冷戦崩壊、壁崩壊前夜のベルリンを描いた貴重な映像資料としての価値もあるし、音楽もかっこええし、映像も渋いです。最後だけは、なんか無理矢理まとめた印象はありますけど。映画として何回も鑑賞に耐えうる作品ですね。
ベルリン東西の壁 2007/6/1
・・
ベルリンの壁の前で、今日の出来事を話し合う天使ダミエル(ブルーノ・ガンツ)とカシエル(オットー・ザンダー)。天使たちの目に映るモノクロの世界は、虚無に支配されている人々の心の声が散文詩のように響きわたり、静謐でかつ美しい。
俳優として映画に登場するピーター・フォーク本人(元天使)から「こっちの世界はいいぞ。君もこっちへこないか」と誘われるダミエル。空中ブランコ乗りのマリオンに恋をしていたダミエルは、永遠の命を捨てて人間に生まれ変わる。
人間になったダミエルは、気がつくとベルリンの壁の西側に横たわっている。東西に分裂するドイツを悲観したヴェンダースが、まるで旧東側の人々に「こっちへこないか」と呼びかけているかのような演出だ。
しかし、ヤル気まんまんのダミエルが観る旧西側の世界は、<虚無の上に築かれたハリボテ>のような印象を受ける。西側とくにアメリカ文化に対して好意的な目を持つヴェンダースは、ウォールアートやショーウィンドー、ロックコンサートをカラーで映し出してみせるが、監督の意図とは裏腹に自分には<虚偽>にしか見えなかった。
ベルリンの壁崩壊後本作品の続編が撮影されたが、詩人ホメロスが壁の西側で失われた物語を探し出せたのかは語られていない。
画像が悪いビデオで見たのが懐かしいです 2006/7/8
「シティ・オブ・エンジェル」でリメイクされるほどの
一級品です。
DVD化されたと知り、うれしい限りです。
それから、「刑事コロンボ」で有名なピーター・フォークが
やはりイイ味出してると想うのは他の役者さんをあまり知らなかったせいでしょうか?
当時のベルリンを知らないけれど 2007/11/17
白黒映像。人々の心の呟き。閉塞した社会。
初めて見たときから心に焼きついて離れない作品です。
この映画に出てくる名もない人々が呟くのはまるで私の独り言のよう。
彼らの言葉を通して私は私の心を聞いた気がした。
映画を見るとはこういうものなのだと教えられた作品でした。
散文詩のように見る人それぞれが好きなように味わえる自由な映画。