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観る側のスタンスの問題 2006/5/31
「オタクのためのフックではない」
富野総監督は作品を手掛ける時に媚びを売る必要はないと考えている。
ガンダムを観る、という感覚と、芸術作品を観る、という感覚の違いである。
この作品が物議をかもしているのも、媚びを売らなかったからだし、それによるTV版の作品の価値観を破壊したからだと思う。
富野総監督にしてみればリメイクだろうが新作だろうが芸術作品である。新たな感性に挑戦をするのは当然。脚本そのまま、ただ絵を新しくするのなら最近のTVでやっていた俗悪なガンダムの監督でもできる。
私は映画版ZをTV版Zとは引き離して観たため一部の方々の様なヒステリックな反応はない。むしろ富野総監督の感性や作品の方向性が近年の氏の作品群と同じであった事に安堵感を覚える。
この作品を、ガンダムとして観るか、ひとつの芸術作品として観るかで意味合いは変わる。私はそう思う。だからあえて作品の内容の感想は言わない。最近TVでやっていた俗悪なガンダムや、昔のZを観る感覚ならば困惑する、と言っておこう。氏には今後もかような先鋭かつ野心的な作品を展開していただきたい。昨今のTV作品やこの物議こそ、ガンダムと言う言葉が勝手な一人歩きをしているという証拠ではなかろうか・
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新訳=軟弱化、現代化、低俗化 2006/6/30
良い所
・1,2と比べると少し色が改善された(今さら遅い)
悪い所
・ラストでファの胸に顔を埋めながらお尻を触るカミーユ(低俗)
・その会話を真似て冷やかすクルー達
・ミネバとハマーンにペコペコ頭を下げる格好悪いティターンズのエースパイロット達(もっと誇り高いはず!)
・変更された数々のセリフ (例)シロッコの事を「あの白い顔」と言うレコア。極め付けは、シロッコに「女のもとへ帰れ!」と叫ぶカミーユ(何だ女って?苦笑)
・余韻に浸る事を阻止する様にけたたましく鳴るガクトのラップ風ヘビメタ(最悪)
・サラ役の声優の再変更(一貫性・信念無し)
※他にもいっぱいあります
三部作全体で感じたのは、エッジを失い軟弱ヤロー化したカミーユ、丸い幼稚な新画、新旧ごちゃまぜの構成、ぼやけて臨場感が無いエイジング処理、偉そうな女性キャラ、女性原理主義、作品と合わないガクトの歌、という所ですね。
Zは遠い未来の話のはずなのに、製作者に想像力とセンスが無いばっかりにキャラが今の日本人みたいに変わっていて、Zの世界にトリップ出来ません。
監督のトラウマを晴らす為に変えられたラストだけど、どっちにしてもZZのラストで回復するわけだし、精神を道連れにされた方が、やられてもただでは死なないシロッコのその悪魔的な特殊ニュータイプ能力の凄さが分かるし、、二人のニュータイプの極限を超えた戦いという感じでかっこ良かったです。カミーユはシロッコの命を奪ったけど、その代償として精神を犠牲にしなければならなかった、これは壮絶な戦いの勲章です。
僕にとってカミーユとジュドーは永遠のヒーローです。今回カミーユがこんなキャラにされてしまってすごく憤慨しています。
Zはアニメの黄金時代に作られた作品なので、ガンダムシリーズ、ルパン三世、キャプテン翼、キン肉マン、聖闘士星矢、等と同様に、今作っても駄作になるのは当然です。
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不誠実な作品 2006/7/2
20年後に一儲けする為作った作品。怒りが沸きました。監督もその他スタッフもあまりにもファンに失礼。丁寧に作ったいう意思が全く感じら
れない。予算が、、という言い訳も、、だったら作るな!と言いたい。
作品に対する愛情すら感じなかった。今回は声優も全員再オーディションを行ったという話も一部声優を代える為の口実でしかなかったとも推測できる(まぁそれでも大批判になったが)。また雑誌で言い訳すると思われるが事情を語らなければ理解されない作品はその時点で駄作だ。
結果を作品で出すべきだ。監督がガンダムファン=全員オタクとか思ってるんですかね?人としてとても不誠実さを感じました。
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黒歴史へ… 2006/4/27
・・
今更映画化なんてするんじゃなかった!
これが、素直な気持ち。
旧作画や声優変更といった表面的な所だけじゃなくて、
富野も錆びついたなと思えるストーリー編成で見るべきところが新作カットの目新しさしかないというお粗末さに落胆した。
TVシリーズを何度も見まくっていて不満点を熟知している自分が映画用のプロットを作った方が純粋に面白いエンターテイメントが出来ていたとさえ思う。
「哀・戦士」「めぐりあい宇宙」のような神がかりなキャッチコピーもなく、闇に封印したいくらいの駄作でしかなかった。
Ζの劇場映画3本見るくらいなら、F91を見た方が有意義な時間が過ごせる。
どうしてもΖが見たいのなら無理してでもTV版を見た方が賢明だと断言する。
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アンチZガンダムのZガンダム 2006/5/11
言いたいことは山ほどありますがそれらをぐっと喉の奥に押し込んで
ひとつのことについて評価したいと思います。
それはZ劇場版3部作をつくることの「意味」です。
1部と2部はそれなりに楽しんで観賞することができましたが、
3部だけはどうしても腑に落ちませんでした。
理由はもちろん、ラストシーンでのカミーユです。
彼を幸福にすることは果たして有効なのでしょうか?
TV版のラストは良い意味でも悪い意味でも強烈でした。
『死ねば全て楽になる』というポア的思想に惑わされ、
シロッコの帝国主義の怨念に憑かれて精神崩壊に陥っても、
死ぬこともできずに現実を生きていかなくてはならないカミーユ。
その姿は未だに現代社会への皮肉の色を褪せません。
このラストこそが救いの無いZガンダムにふさわしい結末だと思っていたのです。
聞くところによるとTV版は制作当時、富野監督の思い描いたモノとはかけ離れてしまったようです。
おそらく、この新約Zは概ね監督の思い通りに出来上がったZなのでしょうが、はっきり言ってそのZは面白くありませんでした。
富野氏の真意はわかりませんがこの新約では「愛」をテーマにしたファンタジー作品を作るつもりだったのでしょうか?
でも、そんなものピンからキリまで世に溢れています。
それよりも、ファンタジーを否定したTV版Zガンダムのあの強烈な皮肉のほうが
遙に意味性が高く、時代から求められている作品だと僕は思います。
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さようなら、ガンダム。さようなら、富野監督・・・ 2006/3/5
Zは何故新訳だったのか?鬱とした物語ではない、娯楽として健全な形を取りたいという思いが監督にあったからだ。
新訳一章目でカミーユは確かにギスギスした切れやすい少年ではなく、柔らかい感受性の強い少年へと変化していた。新作画と旧作画との違和感はあったものの、まとまりのよさで物語の導入部としては合格点だった。
ところが、二章目では物語を終始追っかけてるような形でしか話が進まず、フォウやサラとのエピソードのバランスも悪く、カミーユの感情面が狙った形で浮き彫りになったとは思えない、中途半端な作品だった。
そして、三章目・・・結末は監督自身がインタビューで話していたとおりの『救い』のラスト・・・当然観ている観客のほとんどがおそらくこの結末は予測していたはず。では、他に新訳たる部分があったか?カミーユの感情は?ファの温もりを生きていく希望と感じ取るまでに到る感情描写は?
全般のストーリーがTV版の範疇を全く超えておらず、カミーユの描写もほとんど変わっていない。そんな状態で果たして、新訳のラストを観客は清清しいと感じる事ができたでしょうか?
はっきり言いましょう。答えは『否』です。ラストだけがぽっかり空虚に浮いてしまってます。
監督はインタビュー等で『ここはこういう感情を表しているのです』と良く語っておられますが、なるほど、読めば確かに納得です。しかし、映画でしょ?文章でわかっても、映画館でわからなければ意味ないのではないでしょうか?
結局、ラスト以外新訳とはとても言いがたいとんでもない作品でした。
映画館を出るとき、一人の観客が『時間の無駄だった。』と言うのを聞きました。私はそこまでは思いませんでしたが、少なくとも『高い入場料を払ってまで観に行って、もったいなかったな。』と感じました。
さようなら、ガンダム。さようなら、富野監督。
どうぞ新しい作品で、観客が真に感動する物語を期待しております。
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劇場版『Z』3部作の中では最も「新訳」として成立していますね 2006/9/2
・・
劇場版『Z』3部作の完結編。
敢えて20年前のフィルムを引っ張り出し"エイジング"とか銘打ったごまかしで無理矢理再利用している点や、声優の不可解な変更、アーティスト名だけでファンの注目を惹こうとするが如き、まるで作風に合っていないテーマソング等、3部作全体を通じて、作品の内容以前に多くの問題を抱えていたと感じられる劇場版『Z』ですが、この第3部は「作品」として最もまとまりや魅せ場があり、単体としては一番まともな作品になっていると思います。
エンディングがTV版と異なっている事がウリでもあり非難の対象ともなっていますが、むしろキリマンジャロやダカール、サイド2での展開を全て割愛して、エウーゴ・ティターンズ・アクシズ3局の絡み合いに焦点を絞り、そこで繰り広げられる権謀術数や個々人の思惑を描きつつ、グリプス戦役全体の流れを約100分と言う枠の中でしっかり描写している点を高く評価したいです。
TV版では放送回毎に見所を入れねばならないと言う制作上の都合から要素が詰まり過ぎてしまい、焦点がぼやけ消化不良を起こしていたと感じていただけに、あえて「新訳」として劇場公開をした意味は感じ取ることが出来ました。
無論、その為にアムロをはじめ、フォウ、ロザミアといったキャラの魅せ場が完全に消失してしまった事は、思い入れの強いファンにとっては許しがたい変更だと理解出来ますが、第2部の様にエピソードの無残な寄せ集めを見せられるよりはよほどマシだったと思いますよ。
ラストシーンが『ZZ』に繋がらないと言う批判は尤もですが、元々ガンダムってそれほど綿密に構築されている作品でもありません(ファーストもTV版と劇場版で数々の矛盾があるし、何より小説版ではアムロは戦死しています。『逆襲のシャア』は最初『Z』のサブタイトルでした)。あの"駅弁"は富野監督らしい下品さが良く表れているシーンだと評価出来ると思いますよ。
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星の鼓動は愛、ありがとう富野監督 2006/5/10
私は三部作を通して、すごく楽しめました。”ただの懐かし映画”ではないという点がまさにその通りで、本当に良かったです。
私もTV版を見ている人間なので話がはやすぎたり、絵が違ったりと困惑し、正直だいたい初見の感想はあまり良いものでもないのですが、富野映画の恐ろしさは、何回も見れば見るほど味がでてくるところです。そして新約Zという名のTV版とは少し違った映画としての作品と考えると本当に素晴らしい作品だったと思えます。(今回はファとの関係を最初からひっぱってくれたおかげで、ラストのシーンが本当に感動できました。)不満がないといえば嘘になるけれど、私は十分すぎるほどに楽しめました!発売が本当に待ち遠しいです。
MS戦もいつもよりまた迫力があり、声優さんたちの大迫力の演技、三枝さんの美しい音楽、富野監督のてがけた演出とセリフ、どれをとっても星の鼓動は愛は、最高でした。
私はEDのガクトの曲は最初びっくりしましたが今ではけっこう気に入ってます。あの曲のおかげで劇場を出るとき何故だか明るい気分になれました。(笑)
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精神崩壊してる 2006/5/16
テレビ版のカミーユは精神崩壊して悲しい終わり方をしたのに対し、映画版のラストはハッピーエンドにしたとか。絶対ありえない!エマさんやカツやヘンケン艦長が死んでいく中で、しかもそれを否応無しに受けとめなくてはならないカミーユが、あんなエンディングを迎えられるはずがないし、迎えたとしたらそれこそ頭がおかしくなったとしか思えない。
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エンディングが素敵だと思います 2006/6/19
ファと抱き合うハッピーエンディングがとても素敵で印象的でした。
他にも、手に汗握るバトルシーンがあり、こちらもとても刺激的でした。
細かいところを責めてしまえば「駄作」と言われるのでしょうが、
Z初心者の私には素敵な映画でした。