チバテレビ他U局にて大好評放送中TVシリーズのDVD第2弾!
【スタッフ】
原作:MINORI/監督:大沼 心/キャラクター原案:七尾奈留・2C=がろあ/シリーズ構成:高山カツヒコ/キャラクターデザイン:杉山延寛/美術監督:加藤 恵/撮影監督:内村祥平/編集:関 一彦/音楽:天門、柳英一郎/音響監督:鶴岡陽太/監修:新房昭之/アニメーション制作:シャフト
【声の出演】
宮村みやこ:田口宏子/新藤 景:岡田純子/新藤千尋:やなせなつみ/羽山ミズキ:後藤麻衣/広野 紘:下野 紘/堤 京介:泰 勇気/麻生蓮治:高城元気/雨宮優子:中島裕美子/火村 夕:遠近孝一
AMAZON.CO.JP PCインタラクティヴ・ノヴェル『EF-A FAIRY OF THE TWO. 』を原作に繰り広げられる青春群像ラブストーリーTVアニメーションのDVD第2弾。03.「PARADOX」千尋(やなせなつみ)の記憶障害を本人から知らされた蓮治(高城元気)の戸惑いと失敗。映研を辞めてしまう京介(秦勇気)。そして景(岡田純子)は、紘(下野紘)とみやこ(田口宏子)がクリスマスの夜に会っていたことを知ってしまう。04.「HONESTY」では紘をめぐる景とみやこ、それぞれの行動がメインに描かれるが、そのイケイケムードや料理の腕も含めてみやこのほうが優勢か? また千尋&蓮治の関係も大きく進展。そして彼女が書きたいという物語にはドキリとさせられる。映像の技巧とストーリーの調和もますますスムーズになされており、快調である。(増當竜也)
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わたしを忘れないで 2007/12/8
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minori原作のTVアニメ・ef -a tale of memories.・第3,4話を収録したDVD2巻です・
アニメというには断片的で斬新なプロモのような表現技法に惹き込まれます・
淡くしっとりした音楽・叙情的に魅せる夢うつつの雰囲気に酔いしれたい方に
お薦めの映像美に溢れています・動きを抑え・儚い表現力を突き詰めたスタイリッシュな作風です・
03.・paradox・★★★★☆8/10点
覚えていられるのは半日と1時間の間だけ・彼女の悲壮な運命を斬新かつ
奇抜な映像表現と脚本の一体感で重々しく魅せてくれます・
キツイお話ですね・自分の意思さえ自由にならないのに共存すら難しい
孤独感と・諦めに似た悟りに心が痛みます・どうやら3者3様修羅場の予感・・・・
04.・honesty・★★★☆☆6/10点
みやむらのみやこさん大活躍・押しかけ女房のようなその天真爛漫な振る舞いと
自分を覚えられないが故に自暴自棄になる千尋の純真残酷さが相対的に描かれています・
いつもより色は普通でありながら・飛び飛びで切り替わるカットがシュールなコントのように
笑いを誘い・いつもよりやや楽しさを膨らませた仕上がりになっています・
2
いっしょに小説をつくってみよう。 2007/12/30
『ef a tale memories』の第2巻。
3話
千尋の衝撃の秘密を打ち明けられた麻生蓮治。
彼女は13時間しか記憶を維持できない体だったのだ。
いつも所持していた日記帳はその名のとおり、自分の行動や自分の一日のできごとを細かく記した日記帳。それはつまり千尋自身のすべてが詰まっているものなのだ。
そうとは知らない蓮治は、こんなハンパに接していていいのかと悩み、そして千尋に対してある失敗をしてしまったことで自分を強く責めるのであった。
一方、宮村みやことクリスマスにいっしょにいたことを新藤景に知られてしまう広野紘は絶体絶命。
タイトル「paradox」のように相容れない2人の姿が切ない。
4話
紘と景と千尋は幼なじみ。
ずっと仲良く楽しくやっていくと信じていた2人。
しかし、みやこという強敵(料理上手)に敵意むきだしの景(料理ヘタ・・すぎる)。
景はついに勝負に出るが、見たくなかった現実を見てしまうのであった!
蓮治は自分が千尋にできることを考え、提案した。小説をつくってみないかと。
だが記憶を維持できない千尋は無理だと言って逃げ出してしまう。
そして「どうして私じゃない人の方が私のことを知ってるんですかっ!」と悲痛に叫ぶ。このシーン、とても胸に刺さる悲しい気持ちになりました。
千尋の記憶障害というハンデを蓮治がどう受け止めてそして自分がどうするべきかを悩む姿がみどころじゃないでしょうか。オープニングテーマはとても作品に合っているし、相変わらず演出も怖いぐらい冴えてます。
悲しすぎる現実だけどそれをなんとか乗り越えようとする若者たちが描かれた3巻です・
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「画面」という伏線 2008/1/12
この作品では映像演出が非常に特殊であり、それが個々人に対するこのアニメの賛否を決めるファクターの一つになっていることを否定する人は少ないだろう。「映像が特殊すぎる」と否定的な意見を持つ人も少なくないはずだ。
しかし、そのような映像も実は明確な意味を持っていることがある。
例えば前巻に収録されていた第1話では唐突に「モノクロ」の画面が挿入されることがある。
そしてこの巻の第4話では「背景はモノクロだが人物に少し色がついた」画面が挿入される。
これらは単体では存在する理由が分からないが、さらに話数を重ねて見ていくと、これらが実は「ある登場人物が見ている景色の変化」を表現していた事に気づく。
画面全体が一つの伏線になっているわけだ。
少なくとも私は、DVDで再見するまでこの映像の意味に気づくことはなかった。
何度も見ることによって新たな発見がある。それがこの作品の良いところではないかと私は思う。
4
だんだん・・・ 2008/1/18
今回からOPもしっかりあって何回見ても良いです。
紘・みやこ・景の関係、蓮治の提案と千尋の心情が、
今後どうなるか気になります。
原作はあまりよくしらないが、それでも見ていてあきない作品だと思う。
5
ef 2008/1/31
efシリーズは、凄い楽しいですが、今回は次回が楽しくなる話しが沢山でてきます。
面白いので、是非!
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作品全体を通しての評価 2008/1/23
前回一巻で書いたレビューについて「最後まで作品を見ないで評価を書くのはフェアーではない」というご指摘を受けたので今この場を借りて作品全体を通しての評価を書かせていただきたいと思います。前回のレビューを見ていない方は一巻のレビューをいったん見てみてください。
まず最初に言いたいのは、最後まで見て、どうフェアーに見ても、全く原作のよさがない、というより話として全くナンセンスだと思うということです。正直言って私は恋愛物が一番嫌いです。これは私に彼女ができないから僻(ひが)んでといった理由ではなく、作品を楽しむ上で恋愛物が嫌いという意味です。なぜかというと、恋愛物は非常に視野が狭いからです。所詮単純な恋愛ものは二人(若しくは数人)の関係を描くだけで結論は単に二人が結ばれるという(たまにどっちか死んだりしますが…)非常に狭い世界で話が進行していくため、話に奥行きが出ません。今年(2008年現在)のセンター試験問題に近代の空間が失ってきたのは深さの次元であるという文面があります。この文面で扱っている失った深さの次元は近代建築となっていますが(問題知らない方すみません…)、私は、この失った次元は今日のアニメーション、というかドラマ等も含めた多くの作品にも該当する事象なのではないかと思います。ではなぜ奥を失うのでしょうか。理由は簡単です。先ほど申し上げたように視野が狭いからです。双眼鏡を思い浮かべてください。双眼鏡は拡大してものを見るつまり小さな世界を見ることができますが、視界つまり見ることのできる範囲視野は非常に限定され、また奥行きが分り辛くなります。普通高倍率のレンズを通して見た画像がどれくらい距離があるかなんて大してわからないですよね。アニメーションも一緒です。最近は恋愛という非常に高倍率のレンズを用いて話を書くものが多いため、奥を失いやすい傾向にあるといえます。では具体的にアニメーションにおける奥とは何でしょうか。それは、物語の性質によって変わってくると思いますが、この作品の原作『ef a fairy tale of the two』では、物語の壮大さ、各キャラクターの細かな心境の変化、そして何より物語全体のの美しいまでのしなやかさ、といったビジュアル的でない部分ではないかと思います。しかしこの作品にこういった奥を形成する要素があるでしょうか。多分ないのではないかと思います。やはり典型的に恋愛というレンズを主軸にしているため前述の奥というものを欠いてしまっているのではないかと思います。確かに原作も恋愛シュミレーションの部類に入るゲームですが、ここまで高倍率のレンズは使っていません。ほかにその倍率を弱めるためのレンズが入っています。それは漫画家という職業に関することだったり、部活のことだったりといったことです。そしてそのレンズが恋愛のレンズと合わさりちょうどいい倍率に収まっています。前述の通り、私は恋愛物は大嫌いです。しかし、恋愛以外の要素(だたし更に視野を狭めるような内容を除く)が加わった話は大好きです。前述のように恋愛というどぎつい倍率を緩めてくれるからです。このページを見る人で京都アニメーションを知らない人はいないでしょう。なぜ京都アニメーションの作品があそこまで売れるのに(しかもジャンルは同じようなものなのに)、他はいまいちなのかというのの理由には、この奥というものが非常に深くかかわっていると思います。京都アニメーションはこの奥を捉えるのが非常に上手です。どのような描写、どのような絵コンテ、どのような技術を用いたら作品の奥を捉えることができるのかということを熟知しています。シャフトもいろいろな技術を用いてはいますが、恋愛と、七尾奈留の美しい絵に気を取られすぎていて、結局正しい的を射てはいない、つまり奥がない、というよりもむしろ変な過剰演出、道理にかなっていない演出(たとえばいきなり主人公が学校やめるとか言ったり…。普通いきなり学校やめるなんて安易なことを言ったりはしないでしょう)といった要素によって更にディメンションを失っている、つまり横幅(別に縦幅でもかまいませんが、まあこの場合は横幅にしておきましょう)まで失ってしまっているような気がします。これでは到底一般人の目にはとまりません。目にとまるのは七尾奈留の絵に惹かれた上辺だけの愛好家と変わり者(こういっては失礼ですが…)だけです。監督は何度も見られるような作品に仕上げたといっていましたが、一次元しかない作品を三次元で書かれた作品が存在する世の中で何度も見ようとは思いません。日本人はアニメーションの技術がすごいと世界的に評価されていますが、それは嘘です。本当は世界中でアニメーションはそれほど普及していない上に、日本人がたくさん作品を作るから、たまたま(ここが重要です)その中に非常に質の高い作品が混じっているために日本はアニメーションの質が高いと思われているだけで実際は、大して世界中と変わらないのではないかと思います。もしこの文面をシャフトの方が見ていらっしゃったらもう一度自分が本当に上辺だけでなく全体的に人を魅了するだけの作品を書いているのか、ちゃんと奥を出すようにしているのかを考えてみてほしいと思います。
ずいぶん長い文章になってしまい申し訳ありませんでした。最後のほう商品のレビューからずいぶんかけ離れたものになっているような気もしますが、本当に日本のアニメーション業界を案じているのでこの場を借りて書かせていただきました。前回も書きましたが、よい作品だと決めるのは自分自身です。この文章はあくまでもレビュー、参考です。本当にこの作品が面白いと思うのならば、それはそれで素晴らしいことだと思います。話を楽しむということは非常に大切なことです。すごく気に入ったのならば買ってみてください。