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ギャングの友情 2006/5/4
まだ若いジェニファーコネリーのバレエシーンと、ラストシーンでアヘンを吸って朦朧となっていくデ・ニーロの姿が印象的。デ・ニーロには、涙を誘われる。
1920~50年代のニューヨーク、暴力と友情にあふれたユダヤ系ギャング、甘酸っぱい青春、友情から発した裏切りなどが、物悲しい曲にぴったりと合っている。
時代が飛び飛びに前後するので、見る時は気合を入れて。
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ミステリアスかつ感動的、そして美しい映画 2005/12/27
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素晴らしい。まさにこの一言につきる。私が今までに観てきた中で最高の映画。幼い少年時代から初老にいたるまで40年に渡る、ヌードルズとマックスの友情と裏切りが描かれる。物語の作り方も少年時代、青年時代、老年時代とが続けてではなく、入れ替わり立ち替わり出て来て一つのミステリーが最後に分かるといった謎解きの要素も入っており、一瞬たりとも眼が離せない。子供時代の様々なエピソードもそれぞれが観る者の郷愁を誘う。男の友情、そして性描写もかなり露骨なので女の人にはどの様に映るかはわかりません。多少ネタばれになるが青年時代のエピソード、マックスが「合衆国銀行、それが俺の夢(襲撃するのが)、俺とお前なら、お前となら出来る」といって瞳を輝かせる、しかしヌードルスは「馬鹿げている・・・」瞬間、マックスはヌードルスの持っていたグラスを跳ね飛ばし、背を向け海に一人佇む。ここでの音楽がまた素晴らしい。映画を観てない人には何の事か分からないがこの映画で最も重要なシーンであり最も感動的なシーンでもある。最後に少年時代のシーンで私が最も好きなシーン。ヌードルスが片思いの少女(少女時代のジェニファーコネリー)、バレエの練習を覗き見していたのが見つかる。気取っている少女だが少年に詩的に呟く「私の想っている人はいつも傷ついている街のチンピラ、だが、たびたびこのわが胸を焦がす」その瞬間、街の不良に追われたマックスが駆け込んでくる、ケンカで傷つき、少女の元に戻るヌードルス、しかし少女はただ真っ直ぐに眼を開き扉を頑なに閉ざす。扉を叩き続けるヌードルス。と少し書きすぎましたが、この映画で最も美しいシーンだと思います。
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デ・ニーロ最高! 2006/9/12
デ・ニーロが若い役から年配の役までものの見事に演じきっています。
終盤に演じる年配(恐らく60代?)の役では、前頭部の髪の毛を抜いて自然なハゲ上がりを作っています。
特殊メイクとはいえ、顔のしわも演技も至極自然!
彼の役者に対する熱意がひしひしと伝わります。
また、科白の無い顔だけや目線だけの演技はいつも感心します。
エンニオ・モリコーネのパンフルートのテーマ音楽は現代でも廃れることのない名曲中の名曲!
自然と雰囲気が盛り上がります^^
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よくぞ、このタイトルを・・・ 2006/7/18
阿片と禁酒法の時代のアメリカ。ユダヤ教徒が住むニューヨークの一角を舞台に、少年ギャングがいっぱしのマフィアに育っていく。金と女をめぐる友情と裏切り。そして35年の時を隔てた再会の事情。4時間近い本編を通して、少年期、壮年期、そして老境を迎えた”今”が複雑に交錯しながら画面に語られる。観ている側は、油断するとストーリーについていけないかも…
乱れに乱れたアメリカの一時代において、珍しくもない小さな成り上がり組のお話に終わらず、終盤では思わぬ展開が待ち受けている。アメリカという国では、こんな劇的なことだって起こってもおかしくない時代があったんだよと、セルジオ・レオーネはこのタイトルを付けたのではないかとすら思えるのは僕だけか?
ただ、「アマポーラ」の曲と、デボラ役のエリザベス・マクガバンのイメージがあまりにも美しくシンクロして、観た後も強い記憶に残っている。
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[友情とは何であるのか」を男たちは考えてしまう傑作。 2007/11/1
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私は何度もこの映画を観たが理解困難であり途方にくれていた。
今、私はこう解釈している。
ミステリーがミステリーでなくなった。
この映画はこういうことであったのか。
すべてのストーリーがようやくわかった。
ユダヤ人街にすむ悪たれ少年たちはギャング団を結成することになった。
仲間の一人の少年が殺され、一人の少年が復讐し刑務所に服役。
刑務所を出たとき、しゃばに残った連中は、葬儀屋とレストラン、ギャングという裏家業を展開する多角経営者の青年たちになっていた。
禁酒法は終わった。
仲間のトップは銀行強盗を計画。
反対する主人公。彼は組織が壊滅しないために警察に密告。警察が来たとき、3人の仲間が死んでいた。残ったのは2人だけ。
それから35年経過した。主人公は暗黒街を歩いた。密告した自己を責めながら。
彼はワナにはまっっていたのだ。政府の長官に変身していたのは実は死んだはずのリーダーだったのだ。
長官は主人公に俺を殺してくれという。主人公は断る。長官は自殺。そして、彼の肉体はゴミ処理自動車により消えてしまった。
ご自由に考え、想像し、解釈する楽しみがたっぷり。
しかし、友情とは何であるのかという哀しみが貫かれている。