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モディリアーニの葛藤と頑固なまでのプライド 2006/7/21
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これは掘り出し物です! すばらしいアプローチでした。
史実では謎に包まれたままの、ピカソのモディリアーニに対する感情を、嫉妬心、屈折した友情、見え隠れする尊敬 で複雑に交差させながらも、何処か一本芯の通った”ライバル”という大きな存在で巧みに描写している。 これが真実だと信じたいくらい!
芸術好きなら有名な話ですが、ピカソは死の間際で、「モディリアーニッ・・・(ガクッ)」と言い遺して死んだそうです。 ピカソにとってモディリアーニがどういう存在だったのかを、この作品で表現することが重要なファクターと言って良いでしょう。
そしてモディリアーニは、妻ジャンヌの絵を何枚も描き残しています。初期と後期の最大の違いが”目”と識者の間では言われていますが、素人目からも、やはり明らかに違って見えるのです。 初期作品には目玉が描かれていない、後期になると描かれている、その理由をこの作品で感動的に演出しているところが、この作品の最大の泣けるシーンですね。。。
この時代の芸術家たちの熱き魂の戦い、サロン出品に向けての作品作りに没頭するシーンは、とても惹かれるものがありました。
そして彼ら新鋭の芸術家(ピカソ達)にとって、ルノワールとは、先輩として尊敬に値する偉大な芸術家、雲の上の人だとうい設定が、作品の後半を重要な存在としてさりげなく演出しています。
類作「真珠の耳飾りの少女」も良かったですが、こちらもおすすめです!
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下劣な空想でモディリアーニを貶める三文映画 2006/8/14
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最初に製作者は字幕できっちり断ってありますが、これは全くのフィクションです。
モディリアーニほど実体の知られない世界的画家は珍しく、そこがまた神秘的で良いのですが、昔から彼を題材とした小説などはよく書かれ、ほとんどが出来の悪い三文小説でした。もっとも、池田満寿夫さんなどは、高校生の時にその1つのかなりひどいものを読んだところ、モディリアーニに強い憧れを持ったと言いますが、それは当時、イタリアやパリといった西洋世界が若者にとって、特に池田さんのように地方に住む者にとって全く未知な夢の世界であり、そのモディリアーニを題材にした小説がエロチックな要素を多分に含んでいたからと思えます。
この映画もまたひどい。単なる興味本位で作ったストーリーと思われ、モディリアーニ自身、恋人・妻のジャンヌ、ピカソ・・・全部安っぽい人間性に塗りたくられています。
土台、「真実の愛」なんて言葉をキャッチコピーにするような作品が名作にはなり得ません。そのようなものを表現できると思うような傲慢な作品であるからです。そして、モディリアーニを弄ぶことは、彼を尊敬する者にはできません。
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アメリカ人が描いたパリ芸術 2006/9/17
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美術読本を読めば、全部出てきそうなエピソードで人物のキャラクター付けをし、
更にドラマチックにするため、強盗に襲わせ、婚姻届を破かせといったエピソードを
加えています。
ルノワール、確かに晩年は絵筆も持てないほど手を傷めていました。
ユトリロ、彼は10代の頃からアルコール中毒でした。
ディエゴ・リベラ、体格のいい豪快な人でした。
ピカソは、モディリアーニの暴力から身を守るため銃を持ち歩いていました。
(そうですか?なんだかアル・カポネみたいですね)
冒頭からピカソとモディリアーニが犬猿の仲というシチュエーションですが、
ピカソの「なぜ俺を嫌う?」という言葉通り、なぜピカソが嫌いなのかこの映画ではわかりません。
アート・ディーラーの申し出を蹴散らし、子供を施設に入れられれば、舅に襲いかかり、
ユトリロの入った独房に大麻をもっていき、
この男は何を望んでいるんだという疑問に駆られます。
ジャンヌに及んでは、夫が大事なのか子供が大事なのかわかりません。
モノクロ映画の時代にジェラール・フィリップがモディリアーニを演じましたが、
まったく違う映画でした。
パリの題材をあまりハリウッドに演出してもらいたくない印象です。
4
一途なラブストーリー 2006/1/11
最初は、モディリアーニの妻・ジャンヌの告白から始まります。
アンディ・ガルシア演じるモディリアーニは、とってもチャーミングなボヘミアン。鼻先でピカソをからかいセンスと物腰はスマート、でもどこか危うい雰囲気で夜のパリに相応しい、掴み所のない現実離れした‘夢’の様な存在。
対する妻・ジャンヌは良家(?)の一人娘で画学生、という地に足のついた‘現実’的な存在。
‘夢’と‘現実’が出会った時、儚くも激しい恋の花が咲きます。
実際に一緒にいた時間は長くはなかったけれど、二人は一生分の「恋」を体験出来た、数少ないカップルだと思いました。
自分の本当に書きたいものを模索しつづけ、見つけたモディリアーニ、
子供と引き離されてまで愛する人と一緒にいる事を選んだ恋する女、ジャンヌ。
ラストは衝撃的だったけど、後味の悪さは感じませんでした。
たった一つの自分の人生をまっとうした二人だと思ったので。
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人はパンのみにては生きられない 2006/2/3
不遇の画家モディリアーニとその妻ジャンヌの物語。
誰にでも起こりうる日常的なモチーフを素材にしながら、「人はなんのために生きるか」てという素朴な問いを投げかけてくれるだろう。特に、モディリアーニとピカソとのカフェでの作品対決と、富裕な実家を捨てて貧しく冒険的な夫との人生を選んだジャンヌの生き様についての描き方が秀逸。生きる目標を失ったとき、人はどうすればいいのか。観るものに強い印象を与える作品である。
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善悪ではなく、純粋なココロで。 2006/3/20
先ず、出て来る名前がモディリアーニ、ピカソ、ユトリロ、ルノワール、ぽろぽろと有名な画人が出て来る、豪華豪華。一般的な家庭の子女のジャンヌとモディリアーニの貫き通した恋愛、恋愛の末に得たもの、無くしたもの・・そんな事を考えさせる幕切れでした。
当時のボヘミアン達の日常、それぞれの絵にかける情熱・プライドそんなものが一人一人少しずつ違って描かれているのが面白いです。そしてカフェでのピカソとモディリアーニの対峙。ピカソの存在が映画全体に凄く効いている。モディリアーニの才能への認めたくない嫉妬・彼を小ばかにしつつも自堕落に落ちるところまで落ちれば、救いの手をイヤミたっぷりに差し出す。中々面白く、芸術家同士らしい微妙な距離感を上手く表現していた。ピカソの奥さんのオルガ役も嵌り。
ボヘミアンの退廃、そして情熱、モディリアーニとジャンヌの生き方は身勝手で様々な人に迷惑をかけたかもしれない。それでもジャンヌは、親の言う事だけを聞いて生きる良い娘を止め彼との愛を貫き通す素晴らしさを知った。(それが倫理的に良い事かどうか別として。)、そしてモディリアーニも愛を知ると同時に作品に魂をこめる事が出来た。こういう遊民的生き方をする人間は刹那に溺れ、永遠を知らないイメージがあるけれど作中の二人は違った・・・。でも好きに生きてきた代償を払うのは誰か・・・?それは彼ら自身。
良い、とか、悪い、という頭の判断ではなく久しぶりに純粋な気持ちで見られた作品でした。(個人的にはこうした生き方は好きではありませんが;)
流れる音楽も作品と合っていて良い。アンディ・ガルシアもこんな役が出来るぐらい年齢を重ねたんだなあ、と一寸感慨深かったりも。
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愛 2006/5/25
舞台は1900年代前半のパリ。
短い人生を駆け抜けた画家・モディリアーニと、
その妻・ジャンヌが紡ぎ出す愛の物語。
生き方をはじめ、絵画に対するアプローチなど、
様々な面で対照的なモディリアーニとピカソの関係が面白い。
全く絵が売れないモディリアーニと、既に名声をとどろかせ、
成功者になっているピカソ。彼らは、互いに嫌っていた部分が
あったと同時に、認めていた部分も大いにあったのだろうと思う。
一番印象に残ったのは、コンペに向けて、モディリアーニをはじめ、
ピカソ、ユトリロ、スーチン、キスリングなどが、
それぞれ何かに取り憑かれたかのように作品を仕上げていく場面。
短時間ではあるものの、その狂気に満ちたような場面の描写は強烈だ。
そして音楽。作品全体を通して、音楽が素晴らしい。
この作品の雰囲気を、より一層高めている。
モディリアーニとジャンヌが描かれた映画は、この作品以外に
「モンパルナスの灯」という作品もある。
興味がある方は、そちらも是非ご覧あれ。
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激情 2007/4/15
モディリアーニのこと、その妻のこと、ユトリロやピカソのことを
全くと言っていいくらい知らないで観ました。
妻ジャンヌ役の女優さん(エルザ・ジルベルスタイン?)は
本当にモディリアーニの絵のモデルのような人でまずそこに驚きました。
実際こうだったのかな、と思いたくなるような演出が多く、
ラストシーンを見た後、私にはあんな風に生きられない、という思いが強く残りました。
けれど翌日まで映画の印象が心に残るような何か強い力を持つ作品です。
モディリアーニがどんな生き方をしたのかはわからないし、
映画は真実を伝えているものではないのかもしれないけれど
芸術を強く、深く追及する人の激しさという点で伝わるものがあると思う。
死ぬまでにどう生きるのか、まるで問題を突きつけられているような作品でした。
また、音楽も素晴らしく良かった。
後日、KeedieとSasha LazardのCDを購入しました。
どちらにもハズレなし!