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「戦争に英雄はいない」。監督のメッセージに共感。 2006/12/26
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クリント・イーストウッド監督はなぜ「硫黄島」という映画の制作を思い立ったのであろうか。おそらく、9・11NYテロとその後の「テロとの戦争」が大きな動機になったのではないかと推測される。正義の戦い、愛国心がアメリカを覆い、テロの戦争に誰も異議を唱えにくい環境の中でアメリカはアフガニスタン、イラクとの戦争に突入した。そうした空気、風潮に対するひとつの異議申し立て、そんな気がする。悪と正義に2分したものの考え方に対する抵抗感、正義の戦争なんてない、戦争に英雄はいない、そんな監督のメッセージが静かに伝わってくる。映画は硫黄島の戦闘よりその後の話に重点が置かれている。普通の兵士だった3人が英雄として戦争遂行のために国によって利用される。国家というものはそういうものなのかもしれない。原作者はその兵士の一人ブラッドレーの息子だが、父親は戦後この戦争についてはなにも語らなかった、という。映画は戦争とその後が複雑に構成されており、感情移入が難しい面もあったが、監督の意図はしっかりと伝わってきた。最後に「我々は祖国のために闘いはしたが、国のために死んだのではない。戦友のために死んだのだ」という言葉が強く心に響いた。祖国を愛するということは国家を愛するということではなく、家族や友人、そして、自然や風土を愛することなのだと思う。「愛国心」とはそういものだと思いたいし、そういう感情、気持ちは国から教わるものではなく、自然に醸成されるものだと信じている。正義を声高に叫ぶものには常に警戒しなければいけない、見た後、そんな思いを抱いた。地味な作品だが良質な映画と感じた。また、姉妹作である「硫黄島からの手紙」を見てはじめて監督の描きたかったものがより鮮明にわかるような気がした。
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アメリカ人 2007/3/13
無理に感動させようと作られた作品ではないので涙こそ出ませんでしたが、そこに意味があると思います。
クリント・イーストウッドはアメリカ人なのに、これまでの一般的な戦争映画とちがってアメリカ人をヒーローとして撮っていません。
戦った男たちは"ただその辺に暮らしていた男"であって、なにも特別な人ではなかった。
そこを全面に出していて、ヒーローに祭り上げられた人達の苦悩がうまく描かれていると思いました。
物語は淡々と進みますが、見終わった後はしばらく放心になり、それから戦争について考えました。考える事が大事なんだと思います。
これをみた後は硫黄島からの手紙も見てください。
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戦争ヒーローの重要性とは・ 2007/3/14
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イラク戦争継続中のアメリカに対して、この作品の意義は大きい。帰還兵をヒーローに仕立てるのはなにも第二次大戦に限ることではない。現在でもイラクからの帰還兵に対する熱烈な歓迎は、全米各地で行われている凱旋パレードからでもわかる。地元での様々な式典からプロスポーツでのセレモニーまで、ヒーローは引っ張りだこです。
それとは対照的に、戦争後遺症で多くの帰還兵が苦しんでいる現状は昔も今も変わらず、それでも戦争を継続していかなければならない大国アメリカをこの作品から理解してほしい。
日本兵約2万、アメリカ兵約6千が硫黄島戦で亡くなった。しかし、この数字以上にアメリカ人の硫黄島での戦いは圧倒的な勝利で日本軍を全滅させたと記憶されており、それを今一度ただし、この戦いはアメリカにとって多大な犠牲を払い、今日の両国の発展と友好はその犠牲の上で築かれている。真珠湾攻撃、ノルマンディー上陸作戦と並んで、硫黄島の戦いは戦史に残る大きな出来事で、日米の現代人に正しく伝えることが出来たことは有意義だ。
擂鉢山の星条旗のシーンは米海兵隊の象徴であるが、過去の硫黄島を舞台にしたハリウッド戦争映画はどれもヒットしており、特に1949年ジョン・ウェイン主演『硫黄島の砂』はアカデミー2部門でオスカーを受賞、3部門でノミネートされた傑作でした。この作品のさきがけとして大いに参考になったはず。是非、そちらもご覧ください。
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『市民ケーン』との意外な接点 2007/3/16
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最初は国旗掲揚者となった主人公であるジョン・ブラッドリーが老人となりながらも夜な夜な"Iggy!"とうなされているというシーンから始まります。あ、イーストウッド監督は『市民ケーン』をやるんだ、と思いましたね。"Iggy!"は"Rose Bud"なんですね。過去と現在を結ぶ時には、衛生兵ジョン・ブラッドリーの戦友であったIggyを探す声、そして砲弾の炸裂する音と帰国した国旗掲揚者を英雄として迎える花火の音の交叉、硫黄島で撃たれた兵士が衛生兵である自分を呼ぶ"Corpsman!"という声がキッカケとなります。この3つの効果音で現在のアメリカ、硫黄島での戦闘、ヒーローとして強制帰国させられた国旗掲揚者たちが戦時国債を売るためのキャンペーンにかり出されて茶番を演じさせられている時という3つの時代を往き来させます。
国旗掲揚者は6人なのですが、写真が大反響を呼んで「勝利のシンボルとして写っている者たちを帰国させろ」という命令が下った時点で、すでに3人が戦死していたということからも、いかにすさまじい戦闘が行われていたかというがわかると思うのですが、そうした激しい戦闘をあざ笑うかのように、新聞王ハーストはその名もソルジャーフィールドと名づけたスタジアムに、すり鉢山のハリボテをつくりあげ、生き残った3人に国旗を掲揚させるショーを企画するんです。この最悪のショーはハースト系の新聞社が企画したということは原作に書いてあったことなのですが(『硫黄島の星条旗』 p.472)、原作のここを読んだ時にイーストウッド監督は「映画の構成は『市民ケーン』でいくか」と決意したのかもしれません。なにしろ『市民ケーン』はウィリアム・ランドルフ・ハーストをモデルに描いた作品なのですから。それにしても、ひどいことをやらせるもんです。
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戦争に英雄などいない 2007/5/11
戦時国債集めには、いつの世も有名人が駆り出される。ニューヨークのパラマウントビル前でのシーンで、困った表情を見せる3人、そして英雄なのに人種差別のため酒場にも入れないシーンは特に胸を打たれた。戦場シーンはまさにプライベートライアンパート2の趣。ずっしり重たい名作と思う。姉妹作の硫黄島からの手紙が、何しろ日本語映画でオスカー作品賞ノミニーのため、本作は少し影が薄いが、クリントらしさでいえばこちらだろう。
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望んでいた映画 2006/11/2
硫黄島の戦いを誰かが双方の視点で映画にしないかとずっと思っていた。
まさかクリント・イーストウッドがそして2部作でとは思わなかったが。
戦場と本国帰還後の出来事、そして現代での「彼ら」の証言が交互に
フラッシュバックのように展開される。筋を追うのに一苦労する感じもするが
凄惨な戦場体験の記憶を表現することとはそのようなものであると理解してみた。
結果として十分なそして感じ入ることのできる構成と思う。
「硫黄島からの手紙」の出来にも期待したい。
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アメリカ正義を貫く映画かと思いきや 2006/11/4
アメリカを徹底正義とする映画ではなく、当時のアメリカの破綻した国庫、そして戦時国債の話ばかりする政府高官など、『当時のアメリカのリアルな姿』が描かれており、非常に感銘を受けた。アメリカ人、イーストウッドはまさしく鬼才であると痛烈に感じた。
しかし、字幕の部分が、アメリカ軍人が『ジャップ』と発音していたのに、『ジャップ』ではなく、『日本人』とされていたのが少し気がかりだ。とはいえ、傑作、名作である事に何ら変わりは無い。一人でも多くの人にぜひとも観て欲しい。
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私たちは戦争を知らない 2007/5/5
一貫して描かれているのは、避けられぬ大きな矛盾と闘い真の勝ち負けも分からぬまま深い傷を何より心に負って帰った戦士たちの姿だ。ジャーナリストたちによって過剰に美化された戦場の英雄像が皮肉な対比によってその惨めな姿を浮き彫りにしている。
首が飛び内臓が破裂している目を覆いたくなる地獄のような光景。英雄たちが最期に叫んだのは偉大なる国の名であったか。決してそうではない。真実を、過去の戦争映画が再三訴えてきたものをこの映画も独自の叙情的手法で見事に表現している。
過去の戦争に関して私たちはあまりに無知で無関心だ。
このような映画に出会ったとき私は映画というメディアの真価を思い知らされる。
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全体的には良かったが組み立て方に・・・・ 2006/12/8
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ストーリーの構成がイマイチの感が拭えない。全体的にいい映像だったのだから、もう少しわかり易い脚本にすればよかった。
硫黄島に立てられた星条旗はその後日本軍にすぐに倒されている。あの場所は戦闘開始しばらくは昼間は米軍が支配し夜は日本軍が支配した所だ。
そういった部分にも説明がなければ、何故その後星条旗を立てた多くが戦死したのか、見る人には分かりづらいのではないだろうか。
しかしながら、太平洋戦争最大の激戦地であった硫黄島。その事を今の日本人に再び思い出させてくれるいい映画だ。
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雑なアメリカ 2007/1/26
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反戦のメッセージとか、そういうことは余り感じなかった。むしろアメリカの持つ「雑」な部分をあぶりだす事がこの映画のテーマだろう。もちろん撮影にはシンジラレナイくらいお金がかかっているのだが、視点は戦争そのものとは別のところにある。そこが『プライベート・ライアン』と違うところ。あっちは映像の力が「すべて」だったから。
上院議員?が一生懸命インディアンの言葉で話そうとしているシーンがあるが、ここに様々な要素が集約されている。人種差別うんぬんじゃなくて、このくらい横柄な態度をとってないかいアメリカ人は?というような感じだ。国としてもそうだ。イラクを平和にしようと努力しているが、一方で議会でどうやりくりするかない知恵を絞る大統領もいるわけで、それは形は違うがこの時代も一緒だったのだ。イーストウッドの意図が本当にそこにあるかはインタビューとか読んでないので分からないが。
そしてもうひとつ、必ず『硫黄島からの手紙』を必ず見る必要がある。本作はその壮大な「序曲」に過ぎないと言い切ってしまいたい。あっちはもう、イーストウッドの代表作と言っていいと思うが、実はこの作品が必要である。でないと説明が足りない。この作品はこっちだけ見るだけではダメである。その意味で星が1減だが、2作品足せば、星100である。これで、硫黄島の戦いがよく分かった。