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多くの人に感動を与えるルネ・クレマン監督の傑作 2003/2/16
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この映画が日本で公開され、感動を与えてからすでに40年以上の年月が経過した。公開当時アラン・ドロンの人気が一世を風靡し、ニーノ・ロータの名曲の調べが巷に溢れたのは昨日のようである。イタリアの港町、ヨット遊びなど当時の日本では想像も出来ない彼方の出来事を描いていたが、40年の歳月を経て再見すると当時の感動が蘇ってくる。中高年には青春の1ページとして忘れられない映画であるが、ロマンス仕立てのミステリー映画として初めて見る今の若い世代にも、新しい作品としての感動を与えることが出来るレベルに仕上がっている。改めて気が付いたのは、アラン・ドロンがこの若さで一種の妖気を漂わせていることであり、これは後の「ジタン」や「サムライ」に発展していったと思われる。リメイクが評判を呼んだようであるが、この原作品は一見の価値がある。
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永遠の輝きを与えられた映画! 2002/11/5
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何回見ても、あのラストシーンは、息が苦しくなります。
ルネ・クレマンとアラン・ドロンそしてニーノ・ロータによって永遠の輝きを与えられた映画だと思います。
アラン・ドロンがもうこれ以上はない、というはまり役です。
格好よくて、ニヒルで、孤独で・・・・。
男も女も誰もが、アラン・ドロンに憧れました。 映画の一場面、一場面を食い入るように見ました。 あのニーノ・ロータの名曲とサスペンス。
誰が見てもおもしろく、胸が詰まると思います。
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かっこいい名作! 2006/3/5
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アラン・ドロンが本当に2枚目で驚いた。
近年のリメイク版「リプリー」とは大違いの名作である。
やはり悪を演ずるには、2枚目が似合う。
地中海の青さ、きらめく太陽、南イタリアの町なみ、海を漂うヨット、
そして叙情的で甘美なニーノ・ロータの音楽は忘れがたい。
アラン・ドロンは青春の影を、そつなく演じきった。
またラストは映画史に残るドンデン返し。
ぜひおすすめします。
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「リプリー」を観ていましたが… 2006/9/16
僕は、マット・デイモン主演の1999年の作品「リプリー」を先に観ており、この「リプリー」がリメイク作品である事を知り、そこで初めて「太陽がいっぱい」という映画を知りました。
「太陽がいっぱい」をレンタルして観てみると、公開時から40年近くの年月が経過しているのに古臭さを感じず、どこか妖艶なアラン・ドロン、ニーノ・ロータの切なくやるせないメロディ、そして有名なラストシーン。一度観ただけで「太陽がいっぱい」の虜になりました。
特にリメイク版との”違い”を感じたのは、荒れた洋上での殺人のシーンでした。アンリ・ドカエが手掛けた、この洋上での殺人シーンでの、荒れ狂う波に揺れるヨット、洋上にぽつんと残されたトム、そして臨場感を感じさせる風と波の音。これらはまさに青春の心情の不安定感と青年の孤独感が見事にあらわれていると感じました。古臭さを感じさせなかったのも恐らく才人アンリ・ドカエのおかげだと思います。
もちろん、原作に忠実に描かれたリメイク版の「リプリー」とは違う、本作のラストシーンも素晴らしいですし、効果的に挿入されたニーノ・ロータのテーマ曲も良い。またアラン・ドロンの魅力については言うまでもありませんが、マリー・ラフォレのけだるい魅力も忘れられないものになっています。まだご覧になっていない僕と同じ若い方でも、リメイク版を先に観た方でも、きっとこの作品は心に残るものになると思います。
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ドーベルマンのような男、アラン・ドロン。 2007/3/13
アラン・ドロンの大出世作。ドロンは金持ちの友人に対する憧れと嫉妬、そして他人のものを奪い取る殺人者を見事に演じきった。 彼の魅力はその美しさもさることながら全体に漂う「下品さ、卑しさ」である。美しいのだが、決して気品はない。ビスコンティの「山猫」で青年貴族の役をやっても、そのみすぼらしさは隠しきれず、成金にしか見えなかった。それはドロンという一人の男の、移民の子として生まれ、義父に虐待されながら育ったという実際の暗い生い立ちからくるものであろう。ダーティな手段を使い金や女をものにする。そしてそれをむしろ誇っているようにさえ見える。それがあの暗く輝く瞳に宿る野心と悪の魅力である。美しいが気性の荒い猟犬、ドーベルマンのように、ねらった獲物を執拗に、容赦なく追い詰め、最後は自分のものにしてしまう。そんな激しさと、心の闇を秘めているように見える。
ラストシーンの素晴らしさについては、わざわざ私が言及しなくてよいと思うので省くが、トムがマルジュの手にゆっくりと口づける場面のドロンの青い瞳がクローズアップになるシーン。これこそ女を破滅に誘い込む魔性のような眼差しを持ったドロンならではの、映画史上最も美しく魅惑的な視線の描写ではないだろうか。
私はドロンと言うと、必ずあの瞳を思い浮かべてしまう。
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素晴らしい映像美 2006/8/25
とても美しい作品です。リメイク作の『リプリー』も観ましたが、格が違います。まずは、その美しい映像に心惹かれました。それに引けを取らないくらいアラン・ドロンも美しい。彼の類まれな美貌と殺人を犯した後の危うい状況が相まって、不思議な緊迫感があります。全てを手に入れたかに見える青年に訪れる結末を完全に描いてしまわない辺りも秀逸です。サスペンスですが、青年の裕福な友人に対する屈折した愛情物語ととることもできます。繰り返し観たくなる作品です。
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傑作 2002/9/29
リメイクのリプリーが足下に及ばない程の傑作。 これほど印象に残るテーマ曲も他に無いでしょう。
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アラン・ドロンの最高映画 2003/5/30
太陽がいっぱいはあのテーマ曲で有名ですね。ハリウッドでリメイク版も出ているようですがやっぱりアラン・ドロンのほうが良いですよ。友人から財産も恋人も命も奪い取るアラン・ドロンは悪役かも知れませんがこの映画の時のアラン・ドロンの美貌は最高でしょう。そして最高だ~!と歓喜の男の結末は・・・?フランス映画らしいところは、結果は視聴者が想像して答えを出せるような構成になっています。この美しくて深く考えさせられるサスペンスを見ずにいるのは映画好きならもったいないと思いますよ。
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映画を見たなぁ・・・ 2004/8/5
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「映画を見たなぁ・・・」
この映画を見終わった後の感想はまさにこれです。
スクリーンの中には美男がいて、美女がいて、美しい景色、素晴らしい音楽、そしてはらはらドキドキのストーリーに、「あっ」と驚くラストシーン。
これぞ映画です!
最近はミュージシャンのプロモーションビデオが長くなっただけのような映画が多いですが、この時代のフランス映画は違います。
「映画を見るということは満足するということだ。」
この映画を見た後は、ふとそんなことを思ってしまうのです。
絶対にお勧め!!
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第2次大戦後15年たったイタリアの青年たちのおはなし。 2005/2/17
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1960年の作品、この作品はその後「リプリー」としてリメイクされた。
第二次大戦が終了後、まだ15年間しか経過していないイタリアが舞台。アメリカの大金持ちの青年(フィリップ)がローマにきて恋人ができた。アランドロンふんする青年(トム・リプレイ)が大金持ちフィリップの両親の意向にしたがい金持ち青年に接近し、アメリカに帰るように動いている。しかし実際はこの動きは不確かである。いつも二人の青年は一緒なのである。金持ち青年は恋人がいる。三人は船に乗って、海へ。恋人と金持ち青年のけんか、恋人は船を下りる。アランドロンは金持ち青年を殺害する。そこからアランドロンは金持ち青年に扮して、奇妙な立ち回りをする。金持ち青年の金を全部頂くという構想を実現するのだ。さいごはどんでん返し、アランドロンの野望は断たれた。
太陽族が出始めた頃、イタリアにも不良と呼ばれる金持ち青年の動きがあったのか。この映画はフランスでは評判にならず、日本でしか評判にならなかったという。二人の青年の関係は同性愛であるという評価が在る。同性愛がきわまった末のゲームの殺人への飛躍。金持ち青年の全財産を頂くという構想を実行するアランドロン。最後のどんでん返し。 最後のシーン。フィリップの死体が船に引っかかっていたのだ。
刑事が店屋のおばちゃんに「リプリーさん、お電話ですよ」といわせ、主人公が「ハイよ」と答えて立ち上がるシーン。このとき、刑事が「電話ですよ。フィリップスさん」と言わせて主人公が立ち上がっていたらもっと面白かったのにとぼくは思った。主人公は完全に退路を断たれ逃げることができなくなるからである。