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これで「普通」なんです。 2003/3/5
字幕を表示させるかさせないか選択があってなかなかいいオプションだ。
この映画の公開時にヘア論争がったが、10年以上前までは当然だったボカシが今になってようやく無くなってきた。 映画を見始めて常々思ってきたのだが、ぼかしやモザイクなんてどうして必要なのだろうか?映画の中で女性、男性が裸になり1か所だけ修正を入れるのはおかしい。不自然だとずっと思ってきた。
今や「ヘア無修正版」を売りにしているDVDがたくさん出てきているが、本来これで「普通」なんです。
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芸術の夏。 2003/9/4
「美しき諍い女」を描く長いシーンは絵画の世界の奥深さを感じさせてくれました。
気が付けばどっぷりと、
「映画」というよりも「線の描写」の中に浸かっている自分に気が付くのではないでしょうか。
フランス映画がお好きな方や、
絵に少しでも興味をお持ちの方は是非ご覧になって戴きたい傑作です。 公開時にはヘア論争なども御座いましたが、 この作品における芸術性を考えると、
何と無駄な論争であったかが判りました。 この映画は芸術です。 そして、
女体は美しい。 毎年、
真夏に部屋をしめきって観ております名作です。
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アトリエに一緒にいる感覚 2004/12/5
2枚組で238分。でも決して長いとは思いません。ほとんどが画家とモデルの二人だけのシーンなのですが、その空間の中に自分が気付かれずにいるかのようで、緊迫感があるけども穏やかに目で追っていくことができて、全く長さを感じさせません。心地よい時間の流れというのでしょうか。
みなさんが書かれているように、当時ヘア論争なんておかしな事をしていたんだなあって思えます。若いときはベアールに負けず劣らず(?)美しかったジェーンバーキンも出演していて個人的には少しうれしかったです。
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芸術の夏! 2003/9/4
「美しき諍い女」を描く長いシーンは絵画の世界の奥深さを感じさせてくれました。
気が付けばどっぷりと、
「映画」というよりも「線の描写」の中に浸かっている自分に気が付くのではないでしょうか。
フランス映画がお好きな方や、
絵に少しでも興味をお持ちの方は是非ご覧になって戴きたい傑作です。 公開時にはヘア論争なども御座いましたが、 この作品における芸術性を考えると、
何と無駄な論争であったかが判りました。 この映画は芸術です。 そして、
女体は美しい。 毎年、
真夏に部屋をしめきって観ております名作です。
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リアル・ペイント239分 2007/6/1
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新進画家ニコラと恋人マリアンヌ(E・ベアール)が、画商の紹介で老画家フレンフォーフェル(M・ピッコリ)のシャトーに招待される。その昔、老画家の妻リズ(J・バーキン)をモデルに描き始めたものの中途で挫折した<美しい諍い女>を、マリアンヌをモデルに再び描くことを決心したフレンフォーフェルであったが・・・。
「君の骨格をバラバラに解体し、内面にある真実だけをキャンバスに刻みこむのだ」
老画家が無理なポーズを次々とモデルに強要する。お互いの内面を引き出し合う苛酷な作業は、まさに<格闘>という形容がふさわしい。虚飾や肉体の鎧がはがされ、その作業はむきだしの真実をさらけ出していく。
なかなかポーズが決まらずデッサンを繰り返す工程が克明に描かれているため、DVD2枚組(239分)にも及ぶ長編になっているが、ベアールの官能的な肢体による刺激もありーので、間延びした感はあまり受けない。老画家の集中力がスクリーンからカリカリと伝わってくるからでもあるが、南仏のまばゆい日差しが、庭の緑・咲き乱れる花々・部屋の装飾品などの色彩を鮮やかに浮かびあがらせ、観客を飽きさせることはない。時として、シャトーの窓枠や開け放たれた扉によって、それらはキャンバスに描かれた印象派絵画のごとくスクリーンに切り取られる。
老画家が絵を封印することを予想していたかのように、完成した作品の木枠にリズがクロスを印す。女心の奥底に眠る黒い情念を感じる意味深なシーンだ。ニコラの旅行の誘いに「ノン」とだけ答えるマリアンヌ。字幕にはこの後に老画家の名前があえて付け加えられている。「いやよ。(そんなありきたりな場所。今の私を満足させられるのは)エドアール・フレンフォーフェル(あなただけよ)」とつぶやいているように僕には聞こえた。
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エマちゃん、可愛いです 2007/7/6
昔、LDで持っていました。ドラマも秀逸ですが、何といってもエマちゃんのオールヌードが拝めるのがポイントでしょう。それをエロで見せるのではなく、きちんと芸術作品にしているのがいいですね。全編ほとんどオールヌードの大胆な演技ですが、エマちゃんの「私は裸を見せたのではない、魂を見せた」と当時言っていたのもうなずける。
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ある意味”縛りもの”映画 2007/8/13
もともと絵に興味があったので買ってみたのですが、途中で爆睡してしまいました。パッケージの口上にあるような文芸映画というより、むしろSM系の要素を多分に含んだ映画だと思われます。無理なポーズを強いる画家と次第に馴らされ恍惚の表情をみせるモデル…まあSMも一つの芸術分野といえばそうですが…グランプリをとるほどのものとも思えません。ペンが画用紙を引っ掻く音ははっきりいって不快な部類の音です。それは許せるとしても、絵がちょっとヘタすぎですよね、この画家、女の後ろ姿(ケツ)ばかり描いてるんですが、ドガのそれと比べてしまうのはボクだけじゃないと思います。最後に仕上がった絵を決して観客に見せないのもただのじらしテクだけじゃないんでしょう。
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その服を脱がさないで 2007/12/10
この映画の見所は二つあるように思われて、
一つは芸術作品を制作することを巡っての思考(画家とその周囲の人間関係を含めて)であって、
もう一つは女性(エマニュエル・ベアール)身体の美しさについてなのですが、
やはり多くの人は(少なくとも私は)後者に惹かれてこの作品を手に取るのだと思います。
で、その女性身体なのですが、この映画のなかでその美しさが存分に発揮されるのは、
映画開始から彼女が脱いでしまうまでのあいだであって、
それ以降はずっとさらけ出されていてどうにも単調な感じがしました。
もちろんそこに、画家とモデルとの間での闘争/共闘関係を通じての身体の変容を見る人もいるのでしょうが、
それだけの緊張を繋ぎ止めうる見せ方だったかどうか、やや疑問でした。
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芸術と戦い 2008/3/15
芸術とは戦いである。一つの作品を作るエネルギーは映画制作に似ているかも知れない。個人のこだわりと表現力、正しく小さな戦争だ。空間を描くために、あらゆる技法を凝らす。映画監督と画家は似ている。