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エラリー・クイーンの原作を越えた、日本製ミステリ映画の傑作 2004/12/16
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この映画を初めて見たのは、1979年に公開されてからそんなに経っていなかったときだったと思うのだが、当時、「日本でも、こんなにレベルの高いミステリ映画を作れるのか!」と感動したことを、今でもはっきりと覚えている。私は、その映画が原作物で、しかも、その原作が、あのミステリ界の巨匠エラリー・クイーンの「災厄の町」であることを、このエディターレビューを見るまで知らなかったのだ。で、「なるほど、出来が良かったはずだ」と納得し、今回、久し振りの「配達されない三通の手紙」とともに、「災厄の町」も、合せて読んでみることにしたのである。
映画は、登場人物、ストーリーとも、基本的には、原作に忠実に従っているといってよいだろう。ただ、両者の出来には、かなり差がある。エラリー・クイーンは、奇抜なトリックで勝負する典型的なミステリ作家タイプの人である。したがって、その筆致とプロットはかなり冗長であり、登場人物の心理描写も、お世辞にも巧いとは言い難い。 それに較べると、映画の方は、事件発生後を中心に、冗長さの原因となっているシーンを大幅にカットしており、130分という長さを感じさせない快適なテンポでストーリーが進んでいく。ヒロイン紀子とその夫敏行、敏行の妹智子それぞれの心理描写も、良い意味でいかにも日本的で、掘り下げが深く、繊細であり、全てが終わった後には、単なる犯人探しのミステリドラマを越えた人間ドラマを見たという充実感に包まれる。古くからのたたずまいを残す情緒あふれる小京都、萩に置き換えた舞台設定も、映像的に成功している。この作品を鑑賞するのなら、断然、「配達されない三通の手紙」の方に軍配を上げたい。栗原小巻の鬼気迫る凄絶な演技と、はすっぱな幸せ薄い女を演じる松坂慶子の好演と妖艶な美しさも見物だ。
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忘れられた大作 1979年の映画にもっと脚光を 2005/3/11
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何年ぶりの遭遇でしょう。当時は角川的大宣伝の時代でしたので、でかでかと女優の横顔を列ねた広告が新聞に載っていたことを良く覚えています(中でも神崎愛さんの美しい写真が忘れられません)。今思えばいい女優ばかり揃えた豪華作だったんですね。
エラリー・クイーンの『災厄の町』が原作というのも今回初めて知りました。そう言えば過去の手紙を別人が犯罪に利用したり、一度殺人未遂が起こったように見せかけて実は…なんて言う所は『Yの悲劇』と同じなんだな、と改めて発見したりしました。思うに角川映画の金田一耕助ものの向こうを張って、ミステリーと大家族の愛憎をミックスした映画を作ろうというのが本作の狙いだったのでしょう。『事件』のスタッフが集まり、『愛の水中花』のヒットで時代を代表するいい女になろうとしていた寸前の松坂慶子が裸を披露し、彼女は栗原小巻と張り合ってお互いに大熱演…。大作の風格は整っていたのです。
しかしこの映画は邦画史の中でも今では忘れられた存在です。実際この映画は大作なのに何故か安い印象があります。思うにそれは映画の大部分が室内劇で、本格ミステリー故の映画的弱点に原因があるのでは(食事時のぎこちない会話演出もマイナスポイント)。皮肉にも萩でのシーンよりも釧路で智子の母に会う場面の方が映画的に映えていたりするのです。謎解きの爽快さを重視するのか、濃密な愛憎劇にするのか、というポイントでどっちつかずになってしまった感じがします。
1979年は不思議な年で、力作揃いなのにも関わらず今日顧みられていない邦画が多いです(『銀河鉄道999』や『白昼の死角』など)。しかし『太陽を盗んだ男』の様に今日再評価されているものもあり、発掘されるべき時代です。今回は思いの外辛口のレビューになってしまいましたが、この映画には実に見所が多いのも事実。映画史の片隅に埋もれては欲しくありません。あの頃の様にもっと脚光を。
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心の機微 2006/2/24
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途中まで意外と退屈かもしれませんが
探偵みたいな形をとる外部の人間がいろいろ、おかしな点に気がつき始めたときから物語はすごい勢いで展開いたします。
それがアクションとかではなく、映画でも映像的にもあまり語ることなく
人間が相手の気持ちを察するという心の機微がすべてを語るのです。このことは妹や、父親という登場人物に代表されます。あまり詳しくは書くことが出来ないのですが
登場人物がどんな気持ちで、あの行動に出たかをほとんどすべての登場人物についてあとで深く考えさせられる映画です。
特典として「シネマ紀行」があり、フルートの神埼愛さん(映画にも出ている)が山口県萩市を中心に案内してくれます。松竹の特典ってこの「シネマ紀行」が良いんですよね。セットについても説明されますよ。
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片岡孝夫、栗原小巻、松坂慶子でしょう 2006/9/12
この三人の役者さんを知っている人はぜひ見るべきでしょう。ライバル心、対抗意識、演技の中で感じられます。ただ片岡さんだけは怖い美しい二人に挟まれて、調和するようにうまく取りまとめているようです。それも映画作りには必要なのかもしれません。松坂さんのメイン場面は風呂場での後姿の裸体、これはすばらしい。栗原さんは病弱美人としての登場シーンとラストの狂おしい悪魔的演技、この対比は見事です。最後に神崎愛はDVDおまけのシネマ紀行でも登場します。少女からおばさんに、この驚くべき変化がこの映画の時間の経過を感じさせてくれます。
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原作とは別物として楽しめる 2007/7/12
たしかに、高レヴューがここでもつづくように、面白い。
しかし、クイーンの原作にある、「××が○○にあったのは▼▼の時だったのか!」というところからするすると展開するようなミステリーの衝撃度は薄くなっている。
松坂の絶頂期の美しさや栗原のど迫力(ヌードシーンよりも、着衣のほうが色気がある)、片岡の端整な二枚目ぶりなどを、往時の光景とからめて見るところに楽しさがあるので、それを含んだうえで堪能しよう。地方都市の豪邸という設定で、室内装飾なども「昭和」してていい。